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連載刑務官三代 坂本敏夫が向き合った昭和の受刑者たち

「無知無理無責任のシンボルである天皇ヒロヒトに対して…」“出過ぎた杭”になった男の刑務所生活

「国に借りは作りたくない」奥崎謙三という囚人 #2

2021/03/13

 映画「ゆきゆきて神軍」の中で奥崎謙三は「田中角栄を殺すために記す」と大書した街宣車の中から、皇居の前でこんなアジテーション演説を行う。

「立派な人間とは、どういう人間でありましょうか。金持ちでありましょうか、天皇でありましょうか、大統領でありましょうか、ローマ法王でありましょうか。私にとって立派な人間とは、神の法に従って、人間が造った法律を恐れず、刑罰を恐れず、本当に正しきことを、永遠に正しいことを、実行することが、最高の人間だと思っとるんであります!」

 また自身の弁護人である遠藤誠弁護士を囲む会の挨拶のシーンでは、「私は、一般庶民よりも、法律の被害を多く受けてきましたので、日本人の中では、法律の恩恵をもっとも多く受けてきました無知無理無責任のシンボルである、天皇ヒロヒトに対して、4個のパチンコ玉をパチンコで発射いたしまして、続いて、天皇ポルノビラを、銀座渋谷新宿のデパート屋上からバラまき、その2つの刑事事件に関わった、法律家であるところの2名の判事と8名の検事の顔に、小便と唾をかけておもいきり罵倒いたしました」と話す。

奥崎謙三、服役中の行状

 坂本敏夫は、奥崎がかような活動を展開する「神軍平等兵」になる前、大阪刑務所3区の独居房に入っていたころの行状について、当時19歳だった自分の印象だけではなく、実際に処遇に当たっていた刑務官のOBたちに今回直接あたって調査をしてくれた。

坂本敏夫氏 ©文藝春秋

 すでに80代を越えている先輩刑務官たちへの聴き取りは、元官吏らしい無駄を省いた簡潔な文書でまとめられて送られて来た。「まるで映画の答え合わせのようでした」という言葉が坂本の口から洩れた。