文春オンライン

2021/03/14

source : 文春文庫

genre : エンタメ, 読書, 社会, 働き方

お金が本当に必要なとき

(ああやっぱり、このお客さまのカード、解約になってる!)

 どうにかお客さまの名前と生年月日を聞き出してカードの状態を調べてみると、毎月支払いが遅れがちの上、最近も2ヶ月間支払いがなく、カードはばっちり解約になっていました。これではどうあがいても、カードを使えるようにすることはできません。

「お、お客さま? 大変申し上げにくいのですが、長期間の延滞をしてらっしゃいますよね。そのためカードが解約になってしまっているので、もうお金を引き出したりすることはできないんです……」

 冷や汗をだらだらかきながら必死に説明する私。直前まで「カードを使えるようにしなきゃもう支払いはしない!」「今すぐ10万用意しなきゃ殺す!」などと物騒なことを言っていたお客さまですが、突然スイッチが切れたように電話の向こうで黙りこみました。

「……頼むよ……」

「へっ⁉」

やむにやまれぬ理由で…

 お客さまの急激な変化にびくついていると、電話口から聞こえてきたのは涙声でした。

「子どもの入学金が要るんだよ、なんとかして貸してくれよ……」

(あ! そうか、今月って3月か!)

 例年、1月から4月にかけては「教育資金」という名目での借り入れが増えます。1月、2月は小学校から大学まで様々な学校の入学試験があり、そして受験シーズンを過ぎて3月に入ると合否が発表になります。

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 その後、学校によっては期日までに入学金を納めなければならないのです。

 入学金は、かなりまとまったお金が必要です。すべり止めで受けた学校でも本命の合格発表前に入学金の締め切りがきてしまうケースもあります。けれどご両親は、お子さまのために必死でお金を工面しようとします。私たちに、利息を払って、借金をしてまでも。

 カード会社に入って以来、多くのお客さまがお子さまの教育資金のために、キャッシングを利用するのを目の当たりにしてきました。家族に内緒でカードを利用しているお客さまも多いので、当のお子さま方の多くはそのことを知らずにいるのです。

「なあ、ダメなのか?」

「あっ……」

 お客さまの声で、ふと我に返る私。

「申し訳ございません。カードが解約になってしまったら、もうお使いいただけないんです……」

 私が謝ると、お客さまは受話器を叩きつけて電話を切りました。大きな音に痛む耳を押さえながら、私は少しボーゼンとしていました。

 何度も延滞をしていたので、カードを止められてしまうのは契約上仕方がないことです。でも、延滞さえなかったらお客さまは「本当に必要なとき」にこうして困ることはなかったのに。

(入学金、結局どうしたのかな……)

 私は今でも、3月になるとあのお客さまを思い出してしまうのです。