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なぜ震災の遺族に「グリーフケア」と「わかちあい」の時間が必要だったのか

精神科医が語る10年間とこれからのこと

2021/03/11

「もう(発災から)10年経ったんですね。私たちは、震災前からグリーフケアに取り組み、自死遺族をはじめとする、大切な人を亡くした人の『わかちあい』をしてきました。2010年からは子どものグリーフケアをしていました。そんなときに震災があったんです」

 大切な人を亡くしたときの感情などを語る「わかちあい」をしている、NPO法人「仙台グリーフケア研究会」の理事長、滑川明男医師(精神科医)が震災10年を振り返った。

 きっかけは、2003年ごろ、滑川医師が「あしなが育英会」とつながったこと。2006年からは「わかちあい」を開いてきた。震災後の2013年に法人格を取得した。当初、震災遺族は多く訪れていたが、今では少なくなっているという。

震災10年を語る滑川医師

死の喪失感を受け入れるためのグリーフケア

「グリーフというのは喪失に対する反応のことです。例えば、悲嘆や後悔、自責の念、安堵を含みます。それは病気ではありません。いろんな感情がありますが、何かをしたくなります。支援をすることがグリーフケアです。ケアの前提としては、それらのグリーフの中でも、重い気持ちであることが前提になります。そして、病気として治療対象とするのではなく、そうした感情とうまく付き合っていく。『わかちあい』は、グリーフを安心して語れる場所にしたいのです」

 グリーフケアは、フジテレビ系のドラマ「監察医 朝顔」でも扱われたテーマだ。特殊な処置をして遺体をできるだけ生前の姿に近づける「エンバーミング」について取り上げられた。それに関連して、「グリーフケアアンドサポート」という会社が設立される。ちなみに、主人公の監察医・朝顔は、震災遺族だ。母親が津波にのまれて亡くなった。しかし、遺骨が見つかるまで長い時間を要した。そのため、看取りやお別れができない「あいまいな喪失」と呼ばれる状態が続いていた。

遺体を捜索し終えたことを示す張り紙(2011年3月22日撮影、仙台市荒浜)

 東日本大震災では、津波が発生したこともあり、死者や行方不明が多かった。内閣府によると、2021年3月1日現在、全国で死者は1万5899人、行方不明者は2529人。仙台市でも多数の人が亡くなった。市によると、市内で死亡が確認された人が904人(仙台市民以外の95人を含む)、仙台市民は1002人が亡くなった(193人は市外で死亡が確認された)。行方不明者27人となっている(2020年3月1日現在)。ただ、当時の人口104万6737人(2011年3月1日時点)からすれば、割合としては多いわけではない。震災5年目に、滑川医師に取材したときには、こう述べていた。