――映画では、ウンディーネが語るベルリンの都市の歴史が、愛の物語と同時に重要なモチーフになっていますが、なぜこのような要素を取り入れたのでしょうか。
ペッツォルト 当初は、ベルリンで撮影しようという発想はなかったんです。というのは、ベルリンは比較的新しい都市で、たかだか200年くらいしか歴史がない。土地にまつわる言い伝えや伝説や神話など、そういう物語を持たない街なんです。ところで、私が住んでいる家のすぐ向かいに「ウンディーネ薬局」というお店があります。ベルリンにいくつもあるお店ですが、名前の由来を聞いてみたところ、運河のそばにあるから、という答えが返ってきました。たしかにベルリンには川が多く流れていて、かつては北のヴェネチアと呼ばれたくらい水の多い都市でした。だから産業化の時代、船を使って、外からベルリンへと様々な物資が運ばれてきたのです。そのなかには神話や伝説も含まれていた。都市がつくられていくにはそうした物語も必要だったというわけです。こうして私はベルリンという街に徐々に興味がわいてきました。いろいろと調べていくなかで、都市の設計図や模型を展示している場所を発見しました。これは映画にも登場しますね。そういったものから発想を膨らませ、歴史家であるウンディーネという人物像が出来上がったというわけです。
――この映画は神話をもとにしたファンタジーですが、撮っている場所は現代のベルリンというリアリティのある場所ですよね。『未来を乗り換えた男』も現在のマルセイユで撮影されたどこかSF風の映画でしたが、フィクションを撮るうえで、現実の風景は枷にはならないものでしょうか?
ペッツォルト そもそもウンディーネ神話を広めたドイツロマン派とは、産業化・工業化が進んだ18世紀末から19世紀初頭において、世界を再びかつての幻想や魔法の時代に戻したいという理念に基づく運動でした。私はドイツロマン派の運動は、宮崎駿さんの作品にどこか似ているような気がしています。『千と千尋の神隠し』(01)なんかまさにそんな気配がしませんか? 『水を抱く女』もドイツロマン派と同じ理念を共有していますが、それは決してノスタルジックな試みではありません。私たちがいま生きている現実の世界にもう一度魔法をかけてみたい。目指したのはそういうことなんです。
Christian Petzold/1960年ドイツ生まれ。2012年、ニーナ・ホス主演の『東ベルリンから来た女』でベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞。監督作の多くが国際映画祭に出品・受賞する、ドイツを代表する映画監督。
INFORMATION
映画『水を抱く女』
3月25日(金)より新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺ほかにて全国順次ロードショー
https://undine.ayapro.ne.jp/