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「なすびの懸賞生活は海外から『何考えてんの?』と…」 『電波少年』T部長が語るバラエティで「一番面白い瞬間」

『電波少年』土屋敏男プロデューサーに聞く#2

2021/03/28

コンプライアンス部門のチェックがない時代

――今は「メディア企業」に寄っていっているんでしょうね。

 今のテレビ局では、コンプライアンス部門などに編集したものを回したりする。すると「ここはまずいかもしれない」「やめたほうがいいかもしれない」みたいなことを言って来る。そうするとダメとまで言われていないのに「じゃあ止めるか」になってしまう。

『電波少年』の頃は、放送前に会社の上の方の人たちなんかにVTRを見せて、OKをもらわないといけないなんてことはなかったんですよ。たまに見せろとかいう人がいると、適当に組んだ嘘のVTRをみせて、あとで「最終の編集は変えました」といって、そのまま放送したこともありましたけど(笑)。

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――そんな土屋さんも『電波少年』の最中に昇進して「T部長」になりますね。

 編成部長をやりながら『電波少年』を作っていた時期があります。でも管理職は、人を管理して評価する仕事でしょう。そんなことをやっていたら、頭がガンガンしてきた。これは無理だとなって、それで会社に「すみません、管理職、むいてないんですけど」と言って、部下のいないところにまわしてもらいました。

“ボタンがあると押したくなる”そういう心が消えないんです

――60歳を過ぎてもなお、面白いものを作ろうという意欲を持ち続けていられるのはなぜでしょうか?

 バカなんでしょうね(笑)。よく言えば、好奇心が強いままでいる。2歳くらいの子供って、自動販売機とか見ると、すぐボタンを押したがるじゃないですか。あれと似ているんだと思う。ボタンがあると押したくなる、何が起きるんだろうと。そういう心が消えないんですね。

 でも、昔の日本テレビってそういう人がいっぱいいたんですよ。それこそ、さっき話に出てきた佐藤孝吉さんも、そういうタイプです。

 

――佐藤さんは50歳を過ぎて『はじめてのおつかい』を撮ったことでも知られていますね。

 おかしいですよね、『はじめてのおつかい』を50代で思いつくっていうのは(笑)。佐藤さんは50歳を過ぎて、自分がマザコンだと気づいたんだそうです。それでマザコンは番組になると思って『はじめてのおつかい』を作ったんですって。お母さんに「おつかいに行ってきて」と言われた子供が、最初はいやだと言うんだけど、どこかで「行く」と言って踵をかえして一歩踏み出す。それは巣立ちの瞬間ですよ。でもまた戻ってきたりするんだけど、その瞬間が絶対おもしろい、これを撮るんだと佐藤孝吉は思うんです。

 このエピソードが伝えることは、何歳になっても企画のタネは自分の外でなく、自分の中にあるということです。このことは、クリエイターにとって勇気になりますよね。