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 左手は問題ありませんが、右手はやっぱり思うように動いてくれません。「ドレミファソ」と弾きたいのに、小指だけがピーンと立ってしまい、「ソ」の鍵盤に小指を下ろすことができないのです。

 立ったままの小指は、私の意識に上っていません。神経も通わず、どこにあるのかわからない状態です。がんばって動かそうとするのですが、他の指で弾く「ドレミファ」に比べて、小指で弾く「ソ」は蚊が鳴くような小さな音しか出ません。

「エリーゼのために」を弾きたい!

 それに「ハノン」は指を動かすための練習曲なので弾いていてもおもしろくありません。「そうだ! 『エリーゼのために』だったら弾けるかも?」と閃いたのは、5年ほど前のことです。曲はあまりにも有名だし、メロディーも比較的簡単で、私も子供の時に弾いたことがあります。

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 いまの私には、楽譜からメロディーを読み取るのが難しい。その上、老眼も進んでいて、小さい文字で「♯(シャープ)」が書いてあっても見えません。でも、「エリーゼのために」なら、昔の記憶を辿って、音を拾っていけば弾けるようになるかもしれません。左手は動くので、右手のメロディーさえなんとかなればこっちのものです。

©iStock.com

 久しぶりに楽器店に入って「エリーゼのために」の楽譜を買ったのですが、音符も記号も細かくて全然見えないので、コンビニのコピー機で拡大コピーをとりました。

 娘に頼んで、音符にミレ♯ミレ♯ミシレドラとふりがなのように音名を書いてもらえば準備万端。早速ピアノに向かいます。

 一音ずつ、ゆっくり弾いているうちに自分でもちょっと感動しました。「お母さん」と「わかんない」の2語しか言えなかった私が、いまピアノで「エリーゼのために」のメロディーをなんとか弾いている。人の治る力は素晴らしいな、と思いました。

 ピアノについては、今年に入ってから、ちょっと変化がありました。NHKの番組を見ていたら、左手だけで弾くピアニストがいることを知ったのです。脳出血で右半身が動かなくなったという舘野泉さんが代表的な存在ですが、演奏家には「局所性ジストニア」という病気で手が思うように動かなくなる方が案外大勢いて、なんと左手ピアノの国際コンクールまであるそうです。