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私は気味の悪い化け物と暮らしていた

 そこにはマルチ商法に過剰にハマり込み、まだ小学生の娘をも、人として見られなくなった母親の姿があった。「母はX社での成功を夢見ていた」と蜃気楼さんは言ったが、お母さんは、その成功を夢見たことで、人として忘れてはいけないものを忘れてしまったのではないだろうか。

「どう見ても我が家が豊かになっていく様子はなかったです。家にはX社製品が溢れ、在庫のダンボールの山がつらなっていて。そこにはもう綺麗な声で絵本を読んでくれた優しい母の面影はなく、私は気味の悪い化け物と暮らしていました。すっかり壊れてしまった母とは日常会話も成り立たなくなりました。母は『幸せ』『感謝』という言葉を連発し、荒れ果てた生活から目をそらし続けていました。もう元の母には戻らないということを、私は子どもながらにわかっていました」

自分を責めて自殺を図った蜃気楼さん

 それでも、蜃気楼さんは、ずっと「お母さん! X社をやめて!」と言い続けていた。泣きながら「やめて!」と言っても、お母さんは意に介することはなかった。そして蜃気楼さんは自分を責めた。子どもの言うことだから、説得力がないから、お母さんは耳を傾けてくれない。だからやめさせられない、だからお母さんは離婚して借金をしてしまった、だからX社でうまく稼げないことでいらだつお母さんに毎日暴力を振るわれる、自分も友達づきあいがうまくいかない。こんな家庭環境になったのも全部自分のせいだと考えてしまった蜃気楼さんは自殺を図った。

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(※写真はイメージ)©️iStock.com

「自殺は未遂に終わりました。それからの一時期、母はX社から遠ざかりました。でも今度は怪しい宗教とか、風水とか、引っかかるものすべてに引っかかっていきました」

 もしかするとお母さんはやめようとしたことが何度かあったかもしれない。だが一度何かを信じてそれにすがる癖が身につくと、なかなか抜けられない。自分でも気づかないうちにそういうものに目が向いたり、そういうものが近づいてくる。そしてそれを妄信するループに陥る。マルチ商法をやめたものの、また別のマルチ商法や情報商材にハマる人はめずらしくない。僕のもとに集まってきた声のなかには10以上のマルチ商法に手を出し、「今回のは本当にすごいから!」と勧誘してくる人もいた。

「少し経つと結局X社にどっぷりハマる毎日に戻りました。母は本当にすばらしい反面教師でした。私が小さいときからためていたお年玉にも手を出しX社の活動に費やしました。そのため私が社会に出たときに使えたお金は自分でバイトで稼いだ1万円だけでした」