同じ土俵にいるというメッセージを伝える
乾燥剤の男性が立ち去ると、今度は少し若い男性が小窓に顔を出した。まだ40代だという。
「帳場さん、さなぎ(食堂の名前)行ってくるから。トンカツがいいですか」
「ああ、何だっていいですよ」
「トンカツ450円なんで、自分が50円出しますよ」
「いいよ。あなたの分も出すよ」
「自分、トンカツ食えないんで」
男性が玄関から出ていくと、岡本がこちらを向いた。
「別にトンカツが好きなわけじゃないんだけどね、こういうコミュニケーションをしないと、同じ世界に住んでるっていう一体感が生まれないでしょう」
岡本によればふたりは精神の人であり、岡本が扇荘新館にやってきた当初は、自分の意志を他者に伝えることがほとんどできない人たちだった。しかし、岡本自身がゆっくりと話し、根気強く彼らの言葉に耳を傾けるようにした結果、徐々にコミュニケーションが成立するようになってきたという。
「精神の人ははけ口があれば落ち着くし、爆発しないんですよ。常に同じ土俵にいますよっていうメッセージを伝えていれば、向こうから声かけてくれるようになるし、こっちも相談に乗れる。そうすればトラブルにならない。そういう関係ができていないと、テメエ勝手に部屋に入りやがってなんて、包丁持ってくる人もいるからね」
119番に電話をするのも慣れた様子で
そこまで話したところで、今度はふたりの女性ヘルパーが小窓に顔を出した。
「○○○号室の××さん、瞬きはするんだけど、目が半開きです」
「反応は?」
「ないです。声は出せないみたい」
「救急車呼ぶレベルまで意識が低下してるかな」
岡本が慣れた様子で119番に電話をかけた。ヘルパーが言う。
「私たちはどうすれば……」
「救急隊は一緒に乗ってって言うと思うけど、次の現場があるからって断ればいいよ。(一緒に行くと)大変だよ」
救急車が来るわずかな間にも、小窓にはさまざまな人が顔を出す。小窓の前で「あーん」をする男性もいる。岡本がペットボトルの水をコップに注いで、錠剤を渡す。自分では服薬の管理ができないから、毎日、飲ませてやるのだという。救急車のサイレンが近づいてきた。岡本が状況説明をすると、救急隊員が部屋へ上がっていった。