依存症や認知症の住人の金銭管理も
岡本は役所の承諾を得て、ギャンブル依存症やアルコール依存症、あるいは認知症の人の金銭管理もしている。彼らに直接現金を渡してしまうと、生活保護費をわずか数日で使い果たしてしまうケースが多いからだ。
だが、現金を預かると、渡した渡さないでトラブルになるリスクがある。だから岡本は各自の名前を書いた封筒に保護費を入れて保管し、出納の際には、本人の目の前でその様子をビデオに録画している。
「封筒と相手の顔を撮っておいて、トラブルになったらビデオを見せるんだけどさ、ビデオを見せても『これは俺じゃない』って言い張る人がいるんだよなぁ」
特に、アルコール依存症の人には現金を渡さない配慮をしている。たとえば銭湯に行きたいと言ってきたら、常備してある入浴券を一枚だけ渡す。アルコール依存症の人の多くは、一滴でも飲めばブラックアウト(意識消失)するまで飲み続けてしまうから、わずかな現金でも直接手渡さないように注意しているのだ。
「だって、100円でお酒が買えちゃうんだからね」
がまんして観察すれば、心が通じるようになる
こうした岡本の濃(こま)やかな配慮によって、精神の人が治癒した例があるという。仮にUさんとしておくが、Uさんは昨年末にやってきたばかりの新参者で、盗癖があった。
「掲示板のポスターを剥がしたり、たばこの自販機にぶら下げてたタスポなんて四枚もとっちゃった。全部、防犯カメラに写ってたから、部屋に行って返してくれっていったら、持ってない。盗んだんじゃないって言うんだよ」
それからしばらくの間、岡本はUさんを徹底的に観察することにした。すると意外な事実がわかって、文字通り、目からウロコが落ちる経験をしたという。
「よくよく見てたらさ、ポスターもタスポも欲しいわけじゃないんだよ。汚れてると、取って捨てちゃうんだね。要するにUさんは、極端なきれい好きだったんですよ。それが分かってから、ジュースをご馳走したり、病院に一緒に行ったりするようにしたら、盗み癖が治ったんですよ」
岡本の声がはずんできた。
「精神の人は、がまんして、がまんして観察することだよね。そうすれば、最終的には心が通じるようになる。家族に見放された人たちだから、根本はみんな寂しいんですよ」
私は岡本のことを、寿町の閻魔様のような存在だと勝手に思い込んでいた。岡本に「NO」と言われたら、最後の砦と呼ばれる寿町にすら入ることを許されない気がしていたのだ。まさか岡本が、精神の人の治癒をここまで喜ぶ人物だとは思ってもみなかった。
「でもね、部屋で焚火をするのが好きな人がいて、この人だけは退去してもらいましたけどね」