1ページ目から読む
6/6ページ目

1年360日労働で、日本人の「最後の砦」を守る

「財産なんてないんだから、親として子供にできるのは教育だけですよ。もう、教育費がかかってかかってね。子供が小さいときは、ファミレスに行ったことさえなかった」

 管理人室の棚には住人のあらゆる要望に対応できるように、殺虫剤、工具、電気部品、粘着テープなどなどさまざまなものが整然と収納されている。各部屋とはナースコールと同じシステムで結ばれているから、相互通話が常時可能。館内には16台の防犯カメラが設置され、その映像を岡本が随時チェックしているから住人間の盗難トラブルもない。

 自ら築き上げた要塞のような管理人室に鎮座する岡本は、さながら最前線の指揮官といった趣だ。鉄の扉の内側には愛くるしい孫の写真が貼ってある。

ADVERTISEMENT

「喜び? 年に1回、孫と子供と一緒に4泊5日の家族旅行をすることかな。私、年に5日しか休まないから」

 一瞬、岡本の言っている意味がわからなかった。

「私ね、1年360日、この部屋にいるんですよ。だって、人間は機械じゃないから1年じゅう止まらないでしょう。元日だって、午前中家で過ごしたら午後はここに来ますよ」

 土日もドヤの住人を連れて衣類や食料の買い出しに伊勢佐木町まで出向いたり、病院に付き添ったりで、本当に年5日しか休まないのだという。

写真はイメージです ©iStock.com

「こないだ自宅をリフォームしたんだけど、まだ泊まったことがないんだよ。旅行って自宅に泊まらないじゃん」

 こんな話をしている間にも、

「帳場さーん、いま何時?」

 などと小窓に顔を出す人が引きも切らない。

「そこに時計あるのにね。正直言うと、この町は毎日毎日変化があるから楽しいんですよ」

 日本人の「最後の砦」は、かかる人物に守護されているのである。

【前編を読む】“街中の店に営業妨害”“喧嘩を売られたらチャンス” 「ドヤ街」で生まれ育った子どもたちの知られざる日常とは

寿町のひとびと

山田 清機

朝日新聞出版

2020年10月20日 発売