トラとの対峙
しばらくするとトラが立ち上がり、交差点に向かって歩きはじめた。だんだん近づいてくると違和感があった。思ったより大きいのだ。さらに近づくと、明らかにシータではない。体つきがガッシリしている上に、顔つきが怖いのだ。
シータではないとすると、この地域にいるトラは、オスのチャージャーだけだ。そう気がついたときにはすでに交差点まで来ていた。僕たちの車は、四輪駆動のオープンカーで、トラに対して防御する機能は一切ない。車はT字路に向かっていたので、逃げるとしたらバックしかないが、トラが本気で走ってきたらとても逃げきれない。
乗っているのは、僕とカメラマン、ドライバーとガイドの4人。今回は誰も目をそらさなかった。8つの目で見つめられてさすがに戦意を喪失したのか、そもそも相手にするつもりもなかったのか、チャージャーは、こちらを見据えて唸り声を上げながら、T字路を左へと歩き去っていった。
見つめられるとトラは襲わないというのは正しいのだと思うので、皆さんも参考にして欲しい。
長く鋭い犬歯、ナイフのような爪
この後、僕は人生で最もトラに近かった瞬間を経験する。そのトラこそ、このチャージャーだったのだ。
トラを追跡しているトラッカーから、道のすぐ脇の草むらにチャージャーがいるという情報が入り、現場に向かった。エレファントグラスと呼ばれる、高さ2メートルほどの草の中にいると聞いたが、どこにいるのかわからない。
僕とカメラマンはクタパンさんのゾウに乗り、プルシンさんのゾウには同行していた飯島さんが乗り、草むらに入っていった。しばらく探していると、唸り声とともに、プルシンさんのゾウにチャージャーが挑みかかった。威嚇しただけだが、ゾウが鳴き声を上げ大きく後退した。
チャージャーは、また草むらに隠れてしまった。待っても出てこないので、どこか見える場所はないかと、その草むらの方に向かっていった。
撮影のため、カメラマンのいる側を草むらに向けて近づいていた。カメラマンと背中合わせで座っていた僕が、後ろを振り返るように様子を見ようとしたそのとき、見えない草むらからいきなり、チャージャーが跳び出してきたのだ。
次の瞬間、思いもよらないことが起きた。僕たちを乗せたゾウが、クルッと180度回転したのだ。いま思いかえしても、ゾウがあんなに素早い身のこなしで回転するとは信じられないが、そうとしか考えられない。そこへ、さっきまで背中側にいたチャージャーが僕に牙をむいて向かってきたのだ。
僕は足を下げている。オスのトラの顔は大きく、巨大な口から長く鋭い犬歯がむき出しになっている。人間の太ももくらい太い両腕を広げ、ナイフのような爪が、こちらに振り下ろされようとしている。僕の記憶にあるのはここまでだ。