文春オンライン

“日本におって寂しかった”“ここで死んでもいい” 家族にも見捨てられフィリピンで路上生活を送る「困窮邦人」の末路

『日本を捨てた男たち フィリピンに生きる「困窮邦人」』より #2

2021/04/19
note

吉田は4日前に日本に帰国していた

 2カ月後、私は久しぶりに教会を訪れた。夜間専用ゲートへと続く路上の両端には露店がひしめき合っていた。海賊版DVDを売る店のステレオからは、未明にもかかわらず大音量でポップミュージックが流れていた。屋外の光景とは対照的に、教会の中はひっそりと静まり返り、虫の音だけが時々響き渡る。長椅子に座っている人々の顔を注意深く見ながら吉田を探し回ったが、いつも見ていた短パン、タンクトップで眠る姿はそこにはなかった。祭壇近くの椅子に座っていた警備員に「ここで寝泊まりしている日本人男性を知ってるか」と尋ねると、「こないだはここで眠っていたよ。露店の友達がいるので、今日はそこで寝てるんじゃないか」と教えてくれた。時計の針は午前2時半を指していた。

海賊版DVDを販売する露店 写真=著者提供

 そして、後日まさかと思った予感が的中した。吉田は、私が教会を訪れる4日前に日本へ帰国していたことが、入国管理局を通じて調べた結果分かった。

「困窮者が自力で立ち直るというのは極めて難しい。定期的に収入を得る仕事には簡単に就けない。仮に仕事があったとしても不法滞在状態でビザもなく、仕事に就ける土台がない」

ADVERTISEMENT

 大使館担当者が以前語った言葉が頭に浮かんだ。誰かの援助を受けない限り、困窮邦人が日本へ帰国することはあり得ない。吉田はどうやら、知り合いのある業者を介して帰国していたようだった。

 日本では派遣労働者などの弱みにつけこんで食い物にする貧困ビジネスが横行しているというが、ここフィリピンでも困窮邦人に「帰国させてあげるから」と話を持ち掛ける貧困ビジネスが行われていると聞いた。飛行機に乗ればたった4時間で行ける祖国、日本。たとえ貧困ビジネスの対象にされたとしても、自力では到底無理だった帰国が実現しただけまだましかもしれない。