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 思わず、

「桑原さん、伊藤を知っているの?」

 國重の問いに「知っている」と答えた桑原は、こう続けた。

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「河村が伊藤を役員として迎えるという話を聞いて、それをやめさせるために佐藤と磯田さんのところに行くんだ。観音様? ああ、それは持って行くけども、単なるレプリカだな」

「伊藤には、致命的な問題がある」

 「岩間カントリークラブ」を手がけていた平和相互銀行傘下の岩間産業。平和相互銀行が住友銀行に買収された後、この岩間産業の社長には佐藤茂が就任していた。2ヶ月後、同社は東京佐川急便に買収される(岩間開発に改名)。そして、その3年後、岩間開発は第三者割当増資を実行。結果、筆頭株主となったのが不動産開発会社「北祥産業」、つまり暴力団「稲川会」会長、石井進が代表を務める会社だった。

 金融当局が平和相互銀行に手を付けようとした理由の1つが、融資先に暴力団関係の会社が多かったことだ。事実、住友銀行への合併にはそうした暴力団関係者らはこぞって反対した。その矛先は大株主、佐藤茂に向かった。なぜなら、住友銀行に合併されてしまうと平和相互銀行のように自分たちの“打ち出の小槌”になってはくれなくなるからだ。暴力団から佐藤茂の身を守ったのが、稲川会会長の石井だった。佐藤は石井に深い恩義を感じていた。佐藤や桑原が、主に関西で暗躍していた伊藤の素性を知り得たのは、石井からの情報によるところが大きかった。

 事ここに至り國重は確信した。伊藤には、致命的な問題があると。旧知の弁護士情報、愛人から得たイトマンの内部情報、そして桑原、佐藤から得た情報。何より、桑原、佐藤は“裏社会”の情報にも精通したプロだ。その桑原、佐藤が“危険”だとレッテルを貼る伊藤。そんな伊藤を素人の河村が使いこなせるとはとても思えなかった。國重は即座に動き、伊藤周辺の情報を掻き集めはじめる。実質的な“國重のイトマン事件”は、ここから始まったとも言える。

【続きを読む】今やまともに一人で立つこともできず……“地位”も“名誉”も失った「住友銀行の救世主」はいま何を思うのか