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 そして土屋は続けた。

「今度、(イトマンの)河村(良彦。社長)さんが、この伊藤という人を役員で入社させるというんで、何か知ってないかなと思って連絡をしたんだ」

 後に伊藤と相まみえることとなる國重だが、この時は伊藤という存在はまったく知らなかった。ただ、

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「似てるって言われたからな……イトウスエミツって名前は記憶にとどめたよ」

「ホテル六本木」で逢瀬を繰り返した秘書

 この電話が“國重のイトマン事件”の端緒とするならば、それをなお一層明確にした場所が「六本木ヒルズ」からほど近い場所にある。「ホテル六本木」だ。現在では全面改修が施され、その名もアルファベットの表記に変わっているが、場所は國重が通っていた1980年代後半から変わってはいない。

 なぜこのホテルが“國重のイトマン事件”と深く関わっていたのか? 実はこんな事情があるのだ。

 前述した平和相互銀行の合併工作の最中、國重は平和相互銀行株を実質的に所有していたイトマンに足繁く通っていた。担当役員との打ち合わせだった。その中で、國重は担当役員の秘書を口説き、いつしか逢瀬を重ねる関係となっていた。國重はもちろん、結婚していた。つまり、不倫をしていたわけだ。

「可愛かったんだよ」

 國重は、数十年前のことを屈託なくこう振り返ってみせた。

「で、國重さん、その女性とイトマン事件がどう関係するんですか?」

 こう聞くと、國重は、

「いやー……」

 と苦笑を浮かべて言うのだった。

「彼女は有能でさ、伊藤寿永光のことも知ってたんだよ」

 その秘書は、國重に伊藤が常務としてイトマンに入社すること、その人事のために不動産本部が大騒ぎになっていることを教えてくれる。イトマンの“内部情報源”は情報源にとどまらず“國重のイトマン事件”に積極的に関わる。

堕ちたバンカー 國重惇史の告白』(小学館)児玉博著

「僕がイトマン事件の最中に内部告発を装って匿名で告発文を書いたって教えたでしょう? その告発文の便箋や封筒は正式なイトマンのロゴが印刷されたものだったんだよね。便箋や封筒は全部、その彼女が用意してくれたんだよ」

 告発文によりリアリティを持たせるため、國重はイトマンの正式なロゴが入った便箋、封筒を調達した。「ホテル六本木」で逢瀬を繰り返す女性を通じて入手したものだったのだ。

「國重さん。凄いことを考えますね?」

「いやー、とんでもないと思うけど……当時は、なんかね、そうした流れで……」