伊藤の背景にある闇の深さ
旧知の土屋弁護士、そしてイトマン社内の愛人から伊藤の存在を聞かされた國重は伊藤の背景を調べ始め、すぐにその闇の深さを知ることとなる。
「伊藤のバックに山口組の××がいるという話がすぐに入ってきたんだよ」
國重は当時を振り返りながら、話す。不思議なのだが、國重が実名を憚った人物は、経済ヤクザの代名詞として広く世間に知られ、後に神戸市内のホテルで暗殺された山口組若頭、宅見勝なのだが、國重は今もその名前を口にするのを恐れているようで、決して実名を口にすることはなかった。あれほど剛胆な國重が今もってすでに亡くなっている宅見の実名を恐れているのは奇妙だった。
國重が大蔵省銀行局長、土田に告発文を送る直前のことだ。國重は平和相互銀行合併の同志とも言うべき川崎定徳社長、佐藤茂、そして側近の桑原芳樹の2人が磯田を訪ねてくることを知る。
「磯田さんを訪問するからって聞いて、佐藤さんに電話したんだよ」
國重が電話すると佐藤は挨拶もそこそこに奇妙なことを言い出したという。國重の電話に佐藤は、磯田に観音様の仏像を進呈するんだと話した。
佐藤はかつての同志の声に懐かしげな声で答えた。「佐藤さん、観音様って何なの?」
「いやね、今の磯田さんには、観音様が必要かなって思ってね」
「ただそんな用事だけですか? 水臭いですよ」
「國重さん、住友は大丈夫なのか?」
会話はこんな他愛もないもので終わった。國重が電話を切ると、すかさず佐藤の側近、桑原から電話がかかってきた。
「國重さん、住友(銀行)は大丈夫なのか?」
のっけから桑原はこう言い立てた。どこか抜き差しならぬ雰囲気があった。
「どうしたんですか? 佐藤さんは、磯田に観音様の仏像を持って行くなんて話してるし……」
すると、桑原は意外な名前を口にした。
「國重さん、あんた、今度、イトマンに入社するっていう伊藤って男を知ってる? こいつとんでもない奴だよ」
國重はよもや桑原の口から伊藤の名前が出るとは思ってもみなかった。