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場末の売春街で「襟裳岬」を聞きながら

 先週結婚したばかりで、娼婦を買う男の気持ち、わからぬでもない。最近ではだいぶ虫がおさまったが、かつてはどこかに出かけるたびに、娼婦たちのお世話になったものだ。今からその時代を振り返ってみると、おかしかったなと笑えてくるのだが、その時は男としてやっておかなければならないという変な強迫観念が心に巣食っていたようにも思えるし、単に若くて性欲の塊だっただけなのかもしれないが、ひと言では言い表せない気持ちに突き動かされていた。それが男の本能というものなのかもしれない。そんなことを言うと、一穴主義者の男性諸君から、一緒にするなとお𠮟りを受けそうだが、そういう時代を経験した男たちは少なくないのではないだろうか。

 また缶コーヒーをおかわりした。ミニ冷蔵庫の中に缶コーヒーは入っているのだが、私の連続注文で残り1本となってしまった。

 可愛い道産子娘など最初から望んでいなかったが、カネマツ会館と同じく、遣り手婆と話し込むことになってしまった。店の中には、常に歌が流れていて、話が止むと、女性歌手が歌う「襟裳岬」が流れてきた。華やいだ空気の中でこの歌を聴くと、心が落ち着いてくる歌だと思うのだが、寒々とした場末の売春街でこの歌を聴いていると、いたたまれないような気持ちになってくる。歌が森進一の声によって世に出たのは1974年、北洋漁業はまだ禁漁になっておらず、この界隈も男たちが肩を怒らせ歩いていた。

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©八木澤高明

「デリヘルは景気がいいって聞くけどね。2時間待ち」

「ここが一番賑やかだったのは、北洋漁業が盛んだった頃じゃないかね。その頃私はやってないけど、つい最近まで3代続けてやってたママさんがいて、話してくれたことがあってさ。腹巻きに札束を入れてきたなんてね。相当稼げた時代だったんだろうさ。ママさんも去年捕まって辞めてからは、生活していくのが大変だって貧乏しているよ。どこにも景気がいい話はないね。デリヘルは景気がいいって聞くけどね。2時間待ちだなんだって話だよ。ここで店をやっていた男も今はデリヘルの運転手をしているのもいるよ」

 やはり、どこも同じような状況なのである。路面で営業するかつての色街はどんどん衰退していき、世間の目にはつきにくいデリヘルが活況を呈している。時の流れと言ってしまえばそれまでだが、「襟裳岬」のように暖炉を前にしてではないものの、缶コーヒー数本でこうした話ができる店が消えていく状況と言うのは、やはり寂しい。