『父を撃った12の銃弾』(ハンナ・ティンティ 著/松本剛史 訳)文藝春秋

 アメリカは土地が広いが故に、様々な場所を旅する、あるいは放浪していく様を登場人物の人生に重ねた作品が少なくない。古典なら、スタインベックの『怒りの葡萄』然り、ポール・オースターの『偶然の音楽』然り。ネオ・ハードボイルドの巨匠、ジェイムズ・クラムリーも、主人公たちに厳しい旅をさせていた。

 こういうジャンルを「放浪文学」と呼びたい。

 本書も、このジャンルに連なる物語とも言える。主人公はサミュエルとルーのホーリー父娘。物語は二重構造で、ルーが主人公となる現代部分と、サミュエル視点で描かれる過去部分が交互に登場する。

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 現代――二人は全米各地を逃げるように放浪してきたのだが、サミュエルの亡き妻、リリーの故郷に戻って来てようやく落ち着く。そこで、十二歳のルーが周囲との衝突、軋轢に苦しみながらも成長していく姿が描かれる。

 過去――サミュエルは取り立て屋として様々な悪事に手を染めながら、全米各地を放浪する。やがて妻となるリリーに出会うのだが、それでも危険な仕事からは手を引けず、結局ルーが生まれた後で、リリーとも死別することになる。そしてこの過去が、現在へとつながっていく。

 ゆったりした物語の動きは、最終盤で一気に怒濤の展開を見せるが、ここで私たちは、ルーの大きな変化を目の当たりにすることになる。しかし、これを「成長」と言っていいかどうかは分からない。父の血を引く娘の悲劇と見るべきか、生き延びるためには何でもできるようになった力強さの発露と見るべきか。

 そしてハッピーエンドともバッドエンドとも取れる最後のシーンが、強烈な余韻を残す。

 本書はおそらく、二〇二〇年に大きな話題を呼んだ『ザリガニの鳴くところ』と比較されるだろう。苛烈な環境にある少女の成長物語という点では、確かに共通点はある。

 しかし『ザリガニ』が、より大自然に近い環境の中、ほぼ一人きりで少女が成長するという、およそ現代らしくない物語だったのに対し、本書は狭量な田舎社会の中でもがく少女の成長譚という感じで、ニュアンスはだいぶ違う。ただし、同じく少女の成長物語である『ザリガニ』で感動した人にはお勧めだ。

 テクニック的には、現代と過去を行き来する構成が上手い。こういう構成はしばしば混乱を呼ぶのだが、作者は巧みな処理で、現在と過去の流れをシームレスに読ませる。父娘を蝕むプレッシャーも、過去部分を読み進めていくうちに理解できる構成だ。

 リーダビリティが高いので、一気に読みたくなるのだが、じっくり時間をかけて読んで欲しい。一つ一つのエピソードは、特に現代部分では繊細なのだが、実は骨太で、幹がしっかりした小説なのだ。

Hannah Tinti/アメリカ、マサチューセッツ州出身。2002年に文芸誌「One Story」を創刊、14年にわたり編集長を務める。05年、短編集『ANIMAL CRACKERS』で作家デビュー。第二長編にあたる本作はエドガー賞最優秀長編賞の候補となった。
 

どうばしゅんいち/1963年生まれ。「刑事・鳴沢了」シリーズ、「ラストライン」シリーズ、『共謀捜査』『刑事の枷』など著書多数。

父を撃った12の銃弾

ハンナ・ティンティ ,松本 剛史

文藝春秋

2021年2月25日 発売