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「上司は織田信長。忍者が邪魔するブラックな職場」「渋沢栄一の悩みを…」気鋭の歴史小説家7人が本気で勧める“ビジネスに役立つ”小説とは⁉

天野純希×今村翔吾×川越宗一×木下昌輝×澤田瞳子×武川佑×谷津矢車 #1

source : オール讀物 2020年12月号

genre : エンタメ, 読書, 歴史

note

「初心者にお勧めする短篇歴史小説」は?

――今回の座談会を開催するにあたり、皆さんからは、「初心者にお勧めする短篇歴史小説」「ビジネスに役立ちそうな歴史小説」「自身が偏愛してきた歴史小説」の3作をうかがいました。まずは初心者向けの歴史小説を教えてください。

木下 歴史小説にハマったきっかけが司馬遼太郎さんなので、歴史小説をあまり読んだことのない方には、司馬作品をお勧めしています。その中でも「三条磧乱刃」(角川文庫ほか『新選組血風録』収録)ですね。

谷津 新撰組六番隊隊長の井上源三郎が主人公の。

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木下 そう。井上源三郎は新撰組の中では決して強い剣士じゃないんだけど、近藤勇の古い友人だから幹部にされちゃった。まるで力の弱い先生と、出来損ないの生徒が事件を解決するような話で、学生にも読みやすいんじゃないかと。

今村 やっぱり歴史小説だと司馬先生の名前が最初にあがるいっぽう、大長編のイメージもあって、とっつきにくいと感じている人も多いと思います。その中では侍はこわい』(光文社文庫)が短篇集で非常に読みやすいんですよ。司馬作品の入門として、これを読むことができたら、中編や連作短篇に進むのが一番いいかな。

今村翔吾 いまむらしょうご
1984年京都府生まれ。2017年『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』でデビュー。20年『八本目の槍』で吉川英治文学新人賞、『じんかん』で山田風太郎賞受賞。

川越 僕も司馬作品の「薩摩浄福寺党」(講談社文庫『アームストロング砲』に収録)を挙げました。これは凄そうと思われていた人物が、なにもせずに死んでいく話です。司馬遼太郎は「無駄な死が幕末にはいっぱいありました。これもその一つの無駄な死である」というようなことを書いてるんですが、そのむなしさが好きなんです。

天野 司馬作品が挙がってくるだろうなと予想していたので、絶対に自分は違う作品にしようと思って臨みました。あと、今日の出席メンバーの作品もやめておこうと考えていたはずなのに、初心者向けというお題で浮かんだのが、木下さんの「宇喜多の捨て嫁」(文春文庫『宇喜多の捨て嫁』に収録)でして(笑)。

『宇喜多の捨て嫁』(木下昌輝)

木下 ありがとうございます。今度、天野さんには焼き肉をおごります(笑)。

天野 この作品はもちろん歴史小説なんですが、ミステリーでもあるし、ある種の家族小説、ホラーでもある。一粒で何度でも美味しいので、悔しいけど初心者にはうってつけなんじゃないかなと(笑)。

武川 町田康さんの「奇怪な鬼に瘤を除去される」(河出書房日本文学全集08『日本霊異記/今昔物語/宇治拾遺物語/発心集』伊藤比呂美/福永武彦/町田康訳 収録)を選びました。皆さんとテイストの異なる作品を選んですみません(笑)。デビューの少し前まで、いわゆる日本の歴史小説をほとんど読んでないんです。この作品は、昔話のこぶとりじいさんを町田さんらしい、喋り口調で描いた作品で、読みながら口に出して自分も読みたくなってしまいます。

澤田 私は夢枕獏さんの「玄象といふ琵琶鬼のために盗らるること」(文春文庫『陰陽師』収録)ですね。『陰陽師』の記念すべき一話目で、映画やコミックになっているので、初めて読む人にもイメージしやすいと思います。平安ものって読みにくい印象を持っている人が多いと思いますが、『陰陽師』シリーズは、ややこしい平安時代の制度なんかはほとんど触れず、登場人物と物語の動きだけで、平安という時代の空気を味わえるように書かれています。

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