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「上司は織田信長。忍者が邪魔するブラックな職場」「渋沢栄一の悩みを…」気鋭の歴史小説家7人が本気で勧める“ビジネスに役立つ”小説とは⁉

天野純希×今村翔吾×川越宗一×木下昌輝×澤田瞳子×武川佑×谷津矢車 #1

source : オール讀物 2020年12月号

genre : エンタメ, 読書, 歴史

note

谷津 澤田さんと同じく、映像化されているという点も含めて、酒見賢一さんの『墨攻』(文春文庫)を推薦します。中国の思想家・墨子の物語ですが、「皆さんが思っている歴史はこうでしょうけど、本当はこうなんだぜ」と示す驚きがあって。ストーリーも平明で非常に整った小説です。今回、短篇というお題だったので『墨攻』を挙げましたが、もし長編でもいいなら、天野さんの『桃山ビート・トライブ』を勧めたい。僕自身、この本がなければ歴史小説家としてデビューしていないと思うくらい影響を受けてます。

『墨攻』(酒見賢一)

天野 ありがたいけど、あんまり影響を受けているように見えない(笑)。

谷津 本当に影響を受けていて、逆にいまはその影響をほぐそうと努力しています。特に戦国ものを書くと天野純希イズムがどこかに出てしまって書きづらいんですよね(笑)。

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ビジネスに歴史小説は役立つのか⁉

川越 10年くらい会社勤めをしてきましたけど、ビジネスに役立ちそうな歴史小説って難しいですよね。実際、小説を読んでる暇があったら、メール返信のレスポンスを早くしたほうがいいような気がしますし(笑)。お薦めの短篇と同じで申し訳ないんですが、やっぱり司馬作品全般ということになるのかなあ。周りにも司馬作品なら知っているという人が多かったです。

川越宗一 かわごえそういち
1978年鹿児島県生まれ、大阪府出身。2018年『天地に燦たり』で松本清張賞を受賞してデビュー。20年『熱源』で直木賞を受賞。

今村 僕は城山三郎さんの雄気堂々』(新潮文庫)です。渋沢栄一の物語で、今度大河ドラマにもなっているのでちょうどいいんじゃないかと。組織作りや、日本における資本主義がどのように出来ていくのかが分かると思います。川越さんのおっしゃる通り、小説を読んでビジネスに役立たせるってすごく難しいと思うんです。ただ、小説は「この人物はこういう局面で苦労していたな」とか、細かいストーリーは忘れても、なんとなくのイメージは残りやすい。いざ自分が同じような場面で悩んだときに、即効性はないけど漢方薬のように効いてくるのかなと。

天野 組織、環境という面で見ると山本兼一さんの火天の城』(文春文庫)が参考になると思います。職人が安土城を作る話ですけど、上司が織田信長で、現場は敵方の忍者がちょいちょい邪魔してくるというブラックな環境で(笑)。過酷な戦いを強いられるビジネスパーソンにうってつけですね。

『火天の城』(山本兼一)

武川 相当に悩みましたが、キリスト教一派に迫害されたユリアヌスの一代記である、邦生さんの背教者ユリアヌス』(中公文庫)を選びました。社会人時代の経験から、仕事の辛さって毎日短いスパンで色々なことをやらなければいけないことによる消耗が大きいと思うんです。だからこそ、一代記のような長いスパンの物語を日々読むことでバランスを取ることが大切だと感じています。

木下 僕は職場や取引先で話題に出来るという観点で門井慶喜さんの家康、江戸を建てる』(祥伝社文庫)をお薦めします。江戸の地に街を作る際、水道をどうするかとか、貨幣をどうするかという話は現代にも通じると感じます。接待の食事の席なんかで、ちょっと歳の離れた人と話す際にもいいんじゃないかな。

澤田 同じく江戸の街を舞台にした杉本苑子さんの短篇集大江戸ゴミ戦争』(文春文庫)かな。江戸が100万人都市となって、ゴミがすごく増える中、登場人物たちが、ここに何か商機があるんじゃないか、稼げるんじゃないか、出世できるんじゃないかと色々な形で模索していく。昔の人もいまと同じようにビジネスに努めていたことが分かるし、ユーモアタッチなので読みやすいですよ。

谷津 江戸ものなら、童門冬二さんの上杉鷹山』(集英社文庫)を挙げたいですね。ご存知の通り、上杉鷹山は江戸時代中期から後期にかけての藩政改革者なんですが、何かを改革するときって部下からの反発や、既得権益者からの攻撃がある。それに対し、鷹山はあるときはかわし、あるときはハートで勝負して切り抜けていくんですね。結局仕事って、心でやるものだと思うので、ビジネスパーソンが読むと、救われるところがあるんじゃないかと。

今村 たしか、アメリカの歴代大統領で上杉鷹山を尊敬している人がいましたよね?

谷津 ジョン・F・ケネディです。それだけ理想的なリーダー像だったんでしょうね。

【続きを読む】「毎年元日に読む」「身分の低い忍びが…」「ミュージシャンも1stアルバムが一番いい」若手実力派が真剣に選んだGWに読みたい“偏愛”小説と作家デビューまでの道のり

※この大座談会に参加した7名の歴史作家が勧める、(1)初心者にお勧めの短篇、(2)ビジネスに役立つ歴史小説、(3)自身が偏愛してきた作品について、文庫を中心に販売する歴史時代小説フェアが、紀伊國屋書店小田急町田店、吉祥寺店、国分寺店などで開催中です(緊急事態宣言中は休業)。

(初出:オール讀物2020年12月号)

オール讀物2020年12月号

 

文藝春秋

2020年11月21日 発売

オール讀物2021年5月号

 

文藝春秋

2021年4月22日 発売

 

「上司は織田信長。忍者が邪魔するブラックな職場」「渋沢栄一の悩みを…」気鋭の歴史小説家7人が本気で勧める“ビジネスに役立つ”小説とは⁉

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