ステイホームのGWこそが、歴史時代小説という知的な「武器」を手に入れる大チャンス! その道標として、いま最も注目を集める気鋭の歴史小説家7人が「初心者にお勧めの短篇」「ビジネスに役立つ歴史小説」「自身が偏愛してきた作品」などを縦横無尽にご案内します。お話いただいたのは、谷津矢車さん、武川佑さん、澤田瞳子さん、木下昌輝さん、川越宗一さん、今村翔吾さん、天野純希さんの7名です。(全4回の2回目。1、3、4回目を読む)
◆ ◆ ◆
マイナーな登場人物たちにも魅力がある
――若手の実力派作家として注目されている皆さんが、かねてから偏愛してきた小説を教えてください!
谷津 たくさんあるんですけど、あえて一冊挙げるなら、岡本綺堂版『番町皿屋敷』(青空文庫ほか)です。「番町皿屋敷」は「播州皿屋敷」という元ネタがあって、時代を経るごとにエピソードが付け加えられていったんですが、本作では岡本綺堂がすごくうまい読み替えをしています。内容はネタバレになるので言えませんが、「播州皿屋敷」からの流れを頭に含んだうえで読むとすごく楽しい。読み手側の教養を問う小説ではありますが、それだけに一生楽しめる本だと思います。僕は毎年、元日にこの本を必ず読むようにしてるんですよ。
川越 書き初めならぬ、読み初め(笑)。僕が挙げたのは沖縄の戦後史を描いた、真藤順丈さんの直木賞受賞作『宝島』(講談社)です。2020年現在から見ると、歴史ものとして扱っていいんじゃないかと。その時代の人ならではの大変さが詰まっているけど、読後感が良いんですよ。
澤田 海外の歴史を扱ったものですけれど、皆川博子さんの『総統の子ら』(集英社文庫)が座右の書です。最初は国のことなど考えず、個々の事情で頭がいっぱいだったヒトラーユーゲント(少年団)の少年たちが、当時の世の中の動きに否応なしに巻き込まれ、結果敗戦に立ち会うという、大きな流れが大好きです。皆川さんの作品は全部好きなんですが、戦前生まれの皆川さんご自身の体験が物語の中に投影されているのが本当にすごくて。
木下 『坂の上の雲』(文春文庫)です。司馬作品ってよくよく考えると、小説として規格外な部分が多いんですね。たとえば、この作品ではロシアのバルチック艦隊が来るところを、おそらく原稿用紙100枚くらい費やして書いてるんですけど、それは延々、船底の貝殻を取る話なんですね。
今村 フジツボを取るシーンやね。
木下 三行で済むんじゃないかというところを、膨らませるんです。そんな小説らしくないことをしてるんだけど、面白いんですよ。また司馬遼太郎で申し訳ないんですが(笑)。
今村 木下さんが司馬作品を挙げたので、僕は池波正太郎さんの『鬼平犯科帳』(文春文庫)を。池波さんがお亡くなりになって30年経つのに、いまなお愛されている。入院してるおじいちゃんも部屋にいつも『鬼平犯科帳』を積んでますから。僕自身も何度も読み返してますし、シリーズものを書くときの教科書にしています。池波さんは“鬼平”“梅安”“剣客”といった時代ものと『真田太平記』(新潮文庫)のような歴史ものの両方を書かれてる、実は珍しいタイプの小説家だと思うんですね。池波さんから小説に入ったので、僕も歴史ものと時代ものの両方を自然と書くようになりました。