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武川 村山知義さんの忍びの者』(岩波現代文庫)の一巻は繰り返し読みました。伊賀の被差別民の主人公が恋をして、どんどん強くなろうとしていく。身分の低い忍びが、やがて武田信玄の死にもかかわっていくんですが、身分が低い人物から見た目線がすごく面白いです。この作品を読むと、歴史上で主人公にならなかった人を書きたいなという思いにさせられますね。

天野 僕もマイナーな登場人物を扱った、北方謙三さんの歴史小説デビュー作武王の門』(新潮文庫)を偏愛しています。南北朝時代、後醍醐天皇の息子である懐良親王が「九州を統一してこい」と派遣されて奮闘する物語ですね。知ってる登場人物がほとんど出てこないのに、文体のカッコよさやリズム、物語展開でぐいぐい引っ張って読ませてくれます。よく考えたら僕は今回のアンケートは全て、その作家のデビュー作や初めて書いた歴史小説を挙げてますね。ミュージシャンもファーストアルバムが一番いいですから(笑)。

長編小説と短篇小説の書き方は違うのか!?

――偏愛する一冊で挙げてくださった作品の多くが長編小説でしたが、執筆する際、長編と短篇の違いはありますか?

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澤田 どっちも楽しいですよ。料理の仕方が違う感覚でしょうか。3日間煮込むビーフシチューと、さっと作るカルパッチョの違いですね。

澤田瞳子 さわだとうこ
1977年京都府生まれ。2010年『孤鷹の天』でデビュー。13年『満つる月の如し 仏師・定朝』で新田次郎文学賞、16年『若冲』で親鸞賞受賞。

木下 デビューがオール讀物新人賞という、短篇の賞だったので、最近まで長編に苦手意識を持っていました。

谷津 木下さん、一時期、長編を悪役に見立てて、ご自身を“タンペンジャー”と名乗ってましたよね(笑)。

天野 初対面のとき、「長編小説ってどうやって書くんですか?」って聞かれた気がする。

木下 そうでしたね(笑)。いまも長編は勉強中です。

川越 逆に、僕は長編の松本清張賞でデビューしたので、短篇はいまでも七転八倒というか、四苦八苦というか……。書くことは好きだから両方とも楽しいんですけど、短篇を書けるようになりたいという思いは強いです。

谷津 短篇のほうが筆が止まりますね。何を書くべきかで悩んじゃうんです。物語を作るうえで、絶対に必要な工程がいくつかあって、短篇の場合は「あれっ、もうここの工程の部分を書かなきゃいけないの!?」となってしまいます。

天野 僕も長編のほうが好きかな。短篇ってだいたい締切がすぐそこにある場合が多いでしょ。長編は手元に置いていられる時間が長いから、ずっとこねこねしていられる。

今村 長編だと、いくらでも引き延ばせそうな気がする。書こうと思えば、原稿用紙3000枚とか4000枚でもいけるから。

川越 たしかに、終わらないなっていうときありますよね。一生書けるような気持ちになることがあります。