特別な客だけが遊ぶカジノ
すべてが金一族を中心にまわっているだけに、北朝鮮では日本で想像もつかないような現実があるという。先に紹介したカジノ賭博場も、われわれが一般的に考えるようなラスベガスやマカオのそれとは、一種異なる。平壌ホテルから車で10分ほど走らなければならないほどの寂しいところにわざわざカジノを建設したのは、目立たないようにするためだろう。華やかな社交場のイメージとは違う。そこで遊ぶのはまさに限られた特権階級の人たちであり、水谷一行はそんなカジノにも自由に出入りできたというのだ。
「ギャンブルの種類こそ少ない。ルーレットとバカラ、ブラックジャックくらいで、複雑なゲームはなかったけど、あれは大したもんやで。部屋はカネをかけた贅沢なつくりでした。特別な客しか入れへん。カジノの運営は当地の人ではなく、シンガポールから来ている、みたいなことを言うとった。円でそのままチップを買えたし、儲けた分はドルにも交換できました」
北朝鮮のカジノで遊んだ同行者の1人が、改めて体験談を語る。
「われわれの宿泊先は、平壌ホテルでした。ホテルにはバーもあったな。といってもスナックみたいなラフな感じのところで、男女2人でやっているみたいでした。年増の夫婦という感じかな。2人とも日本語が達者で、気が合うたんで、ついつい飲み過ぎてしもうてね。女のほうはホテルの売店にもいて、びっくりした。肌がカサカサになるからスキンクリームを買おうとすると、ニベアのやつを出してきた。見ると、売店に置いているのはみな日本製。アサヒビールもあれば、インスタントラーメンもある。そんなんで、彼女と仲ようなってもうて、バーで酔っぱらってね。会長にずい分叱られてしもうたな」
けっこうのんびりした様子がうかがえる。恐らくバーの従業員は北朝鮮の公安関係者だろう。ホテル内での写真撮影は厳禁。ずっと監視されていて、たまにホテル内で写真を撮ろうとすると、すぐにホテルマンが駆けつけてきたという。むろん平壌郊外の風変わりなカジノにも、日本人だけでは足を踏み入れられない。
「昼間もカジノの近くを通ったけど、外見からはとてもそうだとは思えない。それでいてなかに入るとびっくり仰天や。水谷会長に『お前ら、退屈やろうからカジノで遊んどけや』と言われて、行っていました。北朝鮮のカジノへは二度ほど行ったけど、会長本人は来ませんでした。行きも帰りも向こうの人といっしょに会長が送り迎えしてくれた。将軍さまか、カジノ好きな息子か知らんけど、もとは彼らの遊び場じゃないかな。夢みたいな場所だった」
もっとも、水谷本人がしきりに北朝鮮に足を運んでいたのは、カジノで遊ぶためではない。
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