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入国審査不要の顔パス

「小坂は北朝鮮政府から出入り禁止になりました。それで水谷会長も彼と手を切ったのです。というより、会長にとって小坂のパイプはもはやどうでもよかった。水谷会長はすでにこの間、独自に向こうの高官と人脈をつくっていましたから、もはや小坂ルートは必要なかったのでしょう。北朝鮮政府の高官たちは、それぞれ個人的な会社を持っています。水谷会長はその線から彼らに近づき、直接的な事業のパイプづくりに成功していました。人道支援の理屈をこねるわけではなく、現実の事業パートナーですから、強いパイプです」

 北朝鮮における水谷の事業パートナーは、名だたる政府の高官ばかりだった。1990年の金丸信訪朝団の窓口になった副大臣クラスやのちの南北会談の責任者、次期首相クラスまで加わっていたという。

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「平壌には、会長が仕事をできる事務所もありました。比較的こぢんまりした2階建てで、事務所には向こうの役人が何人か常駐して働いていました。水谷会長が現地入りすると、事務作業ができるよう、デスクやコピー機、パソコンまで備えていました」

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 水谷といっしょに北朝鮮を訪れたことのある側近が、当時を懐かしんだ。

「会長はまさしくVIP待遇でした。平壌入りするときには、向こうから『招待者』と書かれた紙きれを渡されます。それが入国ビザ代わりでした。関空から北朝鮮の国境近くの中国・瀋陽まで行って飛行機を乗り換えるんです。そうして平壌空港に到着すると、空港には役人が大勢出迎えてくれています。わずらわしい入国手続きなんかも、まったく必要ありません。顔パスで入国審査などありません」

将軍様への「水谷閣下」のプレゼント攻勢

 水谷功は北朝鮮政府の役人から「水谷閣下」と呼ばれ、厚遇されていた。なぜ、そこまで厚遇されるのかといえば、答えは簡単だ。北朝鮮に対するプレゼント攻勢のおかげである。訪朝経験のある先の水谷側近が続ける。

「水谷会長はいろんなものを北朝鮮に贈っていますが、なかでも中古重機は喜ばれていましたね。向こうの現地評価で6億円分の中古重機を贈っています。事務所の前には、『水谷建設』と大きく書かれた見覚えのある重機類が並んでいた。目の前の重機類を数えると10台はありました。会長は、他のODA工事のときと同じように、北朝鮮でもダンプやパワーショベルが使えるよう、重機の修理工場まで建設する、と向こうで計画を話していました。重機のほかで目についたのは、(三菱自動車製の)パジェロですかな。5台ほど寄付していました」

 海外の開発事業で裏金づくりの道具となってきた重機は、北朝鮮ではプレゼント品に化けていた。これも、北朝鮮の国家元首である金正日に対するある種の裏工作に違いない。水谷の側近が、以下のように言葉を足す。

「向こうでは、それら寄付したものはすべて将軍様の所有になる、と聞かされました。だから、もともと水谷建設がプレゼントしたパジェロであっても、向こうに行くと借りて乗る手続きをとらんといけませんでした。『謹んで将軍様のジープを拝借します』と、使う前の日に許可をいただいて乗らんとあかんのです」