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ツイッター社長に聞いてみよう

ある日、突然ヘッドハンターからのメールが…  転職して驚いたマイクロソフト流「徹底した」仕事術

ツイッター社長に30の質問 #22

 2014年からツイッタージャパンの代表取締役を務めている笹本裕氏。

 前職はマイクロソフトの執行役常務だった笹本氏は、「毎日が驚きの連続だった」というマイクロソフト流の組織運営について語った。

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ある日、突然ヘッドハンターからのメールが… 

 マイクロソフトの前は、MTVという音楽専門チャンネルの日本支社で代表取締役をしていました。そこでの仕事は楽しかったのですが、時間が経つにつれ自分に出来ることの限界も感じるようになりました。

 というのも、ぼくは今後もMTVが成長していくためには、ケーブル放送だけでなくデジタル事業に手を広げていく必要があると考えていました。しかし、アメリカ本社との権利の兼ね合いで、日本支社が単独でそれを実現するのは難しかったのです。

 そんなある日、突然ヘッドハンターからメールが届きました。内容は「マイクロソフトに来ませんか?」「MSN(マイクロソフトのポータルサイトサービス)や、Bingのサーチ、Hotmailなどの事業の成長を牽引してほしい」というものでした。

 

 そのとき、ぼくの中でのキーワードは「デジタル」と「ブロードバンド」でした。大容量のコンテンツが流通する世界がこれから確実に広がっていくと感じていたからです。その点で、マイクロソフトはぴったりでした。

 また、ぼくは35歳のときに一度起業をしています。なかなか思うようにいかず、最終的に事業譲渡することになったのですが、そのときに思い残したことがあったんです。それは「自分に最適なレストランを見つけられる検索エンジンをつくること」でした。

 マイクロソフトには「Bing」という検索エンジンがあります。ベンチャーのときは資本力がなくてできなかったことが、ここでならできるかもしれない。そんな思いもあって、転職を決断しました。40歳をすぎた頃。ビジネスマンとしても、いちばん脂がのっている時期だったと思います。

マイクロソフトは「左脳」の会社

 MTVとマイクロソフトは、会社の規模としては10倍以上違います。人員も、事業規模も、オフィスの規模もまったく違う。

 入社の最終面接はアメリカでした。シアトルに一人で飛んで、1日で8人ぐらいと面談をして、翌日に帰ってくるという強行スケジュール。シアトルのオフィスは「キャンパス」と呼ばれていて、敷地内をバスで移動するほどの大きさでした。