1980年代、「あの頃の香港」に思いを込めて
店名には香港がもっとも自由でエネルギッシュだった1980年代を懐かしむ気持ちを籠めたという。80年代香港は、それまでの製造業に代わって金融、商業、観光業が成長し、映画界が香港新浪潮(香港ニューウェーブ)や英雄式血灑(香港ノワール)のうねりに湧き、歌手・俳優の香港四大天王(四天王)がデビューした。中英共同声明で1997年に中国領となることが決められたものの、まだ未来の話で市民には中国に呑まれる実感はなく、香港は「アジア四小龍」の一角として繁栄を謳歌していた。
「私は1986年生まれだけど、90年代初頭まで残っていた80年代の熱気をよく憶えている世代。店は、あの頃の香港に戻ってくれとの願いを籠めて命名した」(カルヴィン)
内外装には、香港の夜景そのままの色鮮やかなネオンサインを現地でオーダーメイドし、実際に香港の茶餐庁で使われていた食卓や椅子などのアンティークを買い付け、エッグパフの雞蛋仔(ガイダンヂャイ)を焼くガスオーブンなども現地から取り寄せるなどディテールにこだわった。
看板メニューの屋台ヌードル・車仔麺(チェッザイミン)と牛モツ煮込みヌードル・牛雑麺(ニウザッミン)は具沢山で、スープの滋味がよく麺に沁み込んでいる。ウイロウ風のもっちりした蒸し菓子「プッチャイコー」は日本でまず、食べられない。ミルクぜんざい「紅豆沙(ホンダウサー)」は、陳皮(マンダリンオレンジの干し皮)の風味がアクセントになっていて爽やかな口当たりだ。
6~7人の従業員は全員、留学生や主婦などの在日香港人。身内同士が和気藹々と広東語で語らいながらの丁寧な接客はアットホームで心地良い。レジ前には控え目に香港の民主活動に関する資料も並べている。「コロナ禍にプチ旅行気分」などの安易な煽りをいれるつもりはないが、香港出身者が「香港現地の茶餐庁より美味しい、正統派香港料理が食べられる店!」と太鼓判を押すレベルの名店が誕生したのは間違いない。