我が子への洗脳教育を逃れて
カルヴィンは以前、ワーキングホリデー制度を使って2年間、日本に滞在した経験がある。同じ香港人の妻も同時期に日本でワーホリ中だった。ともに日本文化に親しみ、日本に深い思い入れがある。カルヴィンは香港の学校を卒業後、地元のホテルやレストランで広東料理の調理師として20年近く腕を磨いてきた。
来日したのは2019年10月。香港の男子高校生がデモ中、警官隊の銃弾を受けて重体に陥り、政府未許可の大規模デモが勃発するなど混迷を極めていたさなかだった。
「私には4歳と2歳の息子がいる。彼らが生まれてからずっと、就学後の教育をどうすべきか考えていた。香港は父母兄弟も住まう愛すべき地だが、香港政府は中国共産党統治を讃える『道徳・国民教育』、いわゆる“洗脳教育”の必修化を目指していて、2012年には“洗脳教育”をめぐる深刻な政治対立が引き起こされた。
私自身も小学4年生以降は中国政府のカリキュラムで授業を受けたが、それでも当時はまだ学校で広東語が自由に使えた。でも今は、普通話(プートンフア。いわゆる北京語)の授業が義務付けられている。結局、われわれがどんなに反対したところで、香港教育の中国共産党色、北京色が強まっていくのは避けられない。子供たちに偏った価値観を植え付けたくない私は、長男が小学校へ上がる前に日本への移住を決意した。香港より、日本の自由な空気の中で教育を受けさせたい」
厳格な審査をクリアし、無事にビザを手にした
香港を捨て、日本に新天地を求めるという大きな決断は、家族や友人の誰もが支持してくれたという。カルヴィンに話を聞いた時点ではまだ、彼ら一家4人の外国人就労ビザが正式に下りず、やきもきしていた。ビザが下りなければ銀行口座が開けず、クレジットカード決済や、オンライン決済も導入できない。
「遠方からわざわざ3~4時間かけて食べに来てくれる客もいる。支払いで不自由を掛けるのも心苦しい」
日本は移民に厳しい。だが、在留資格のひとつ「経営管理」の取得要件は、「資本金500万円の法人設立」「日本居住者を2人以上雇用」「申請者が経営権を掌握」などで、学歴、語学能力、事業内容、居住地などの制限もなく、他の先進国の同種ビザよりも申請自体のハードルは低い。カルヴィン一家も申請から半年後の2021年3月、厳格な審査をクリアし、無事にビザを手にした。彼のもとには昨年来、香港の知人から日本移住についての相談が相次いで寄せられているという。
コロナのせいで、『八十港』は船出早々、厳しい舵取りを迫られている。
「でも在留資格のおかげで、子供たちは日本人と同じ条件で義務教育を受けることができる。それが今は何より嬉しい」
カルヴィンは屈託のない笑顔を見せた。
写真=田中淳