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逆風

 だが周囲はその“自由”を、安室とおなじような気持ちで最初から共有してくれていたわけではなかった。まず一部でファン離れが生じた。飽和状態からの反動による、小室プロデュースの低迷その余波はあるていど予想されていたが、このような軌道修正を好意的に見るファンがもとから多かったわけではない。とりわけ“ラップのような歌”は、“歌姫”“渋谷の声”といったこれまでの陽性の像とは対照的であっただけに、違和感を覚えたとしてもふしぎはない。

 それならばR&Bの住人が歓迎したのかといえば、そのような見立ても甘かった。彼らの立場からすれば、安室奈美恵であろうと“新参者”に変わりはない。発案者のVERBAL他、SUITE CHICにはZeebraやDABOといったヒップホップ界の重鎮たちがこぞって参加していたことからも、業界内では話題に事欠かなかった。だがビジネス上の関係をもたないリスナーの意見はおもいのほか手厳しい。クラブを中心に、それも円山町(渋谷)のようなコアなエリアでライヴをすると、耳をふさぎたくなるような“声”がステージに向かって直撃してくることすらあったという。

円山町で迎えた試練

 “挑戦の代償”、このひと言につきる。たとえばアムラーは渋谷を聖地にしたが、安室ファンが渋谷をそのように神聖視していたとはいいがたい。アムラーと安室ファンはそもそも等号でむすばれるものではない。アムラーの中に安室ファンがいるのはとうぜんとして、安室ファンの中にはアムラーではない者もいる。アムラーと渋谷をむすびつける因子は“109”だが、これとおなじく安室ファンと渋谷をむすびつけるには“安室奈美恵”という絶対的なアイコンあるいは“(小室が想定する)歌詞の登場人物”しかありえず。つまりSUITE CHICに姿を変えた以上ファンが渋谷に依拠する理由は消え、国内ヒップホップの三日月地帯=円山町に潜入するまでして、なんらかのリスクをとるようなまねもしなかった。

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 Bunkamura(東急文化村)とは指呼の間の円山町だが、その文化性には双方おおきな隔たりがある。クラブとラブホが交互に林立した不夜城、日本のハーレムよろしく、またそれと同名のクラブのお膝元としても知られているが、そのような条件がそろった時点であるていどの安室ファンはふるいにかけられる。結果、熱狂的なファンだけで構成されたこれまでのライヴとおなじように物事が進むとはかぎらない。

 ただしリセット後の安室自身がそれを好まずとも拒むことはなく、あらたな挑戦として望んでいたのも事実だろう。小室哲哉という後ろ盾がないことをむしろ謳歌し、明日につながる道を探した。