刑務官が「パジャマは着るか?」と尋ねるとA受刑者は「パジャマは着ないです」と答える。A受刑者は夜間、失禁することが多いため、こうして就寝前におむつを替えてから寝かせているのだ。トイレに行くにも同室の受刑者に手伝ってもらう。トイレが終わりズボンをはくのも一人ではできない。彼はランニングシャツにオムツという姿で布団の中に入ろうとしていたが、それも難儀な様子だった。刑務官が毛布と掛け布団をかけるとようやく部屋の様子も落ち着いた。
A受刑者は、出所後に身を寄せる場所がない受刑者の一人だ。彼のように高齢で障害があり、適当な帰住先がなく出所後の自立が困難な者は「特別調整」の対象となる。特別調整とは受刑者が釈放後、速やかに適切な介護、医療等の福祉サービスを受けられるようにするため法務省が厚生労働省と連携して、2009(平成21)年4月からスタートさせた制度だ。刑務官、社会福祉士が対象受刑者と出所前に面接し、自治体や福祉施設などにつなぐのだ。
「私のこと、覚えていますか?」
A受刑者が社会福祉士と面談し、出所後の居住先について話をする場面を見ることができた。まずは社会福祉士の第一声に驚く。
「私のこと、覚えていますか?」
「覚えはあるんですが……」
「ここで福祉の相談をしている者です。まずは覚えておいてくださいね」
そして出所後についての話を始める。
「今日ここに来てもらったのは、ここを出た後、どうするおつもりなのかをもう一度聞かせてもらいたいと思いまして。ここを出た後、〇〇さんはどこに帰るつもりでいますか?」
「家がぐちゃぐちゃになっているもので……」
「前回までの確認なんだけどね、今あなた家はないから帰る場所がないよって前回、先生(刑務官)から話してもらったんやけど覚えとるかな?」
「その通りです」
「今帰るところがなくて困っていましたね。どうしようかなと言われていましたね?」
「ええ」
「今は一人で生活していくのが難しくなったから誰かに手伝ってもらって食事の出る、お手伝いのある場所で暮らしていけたらいいんじゃないかなっていうお話になりましたね。そこを一緒に探していこうかねっていう話をしたのは覚えていますか?」
「ええ」
「そういうところを探してみようかね。あす市役所の人が来ます。どの程度のお手伝いが必要かをきちんとわかった上で、ここを出た後に移って生活する場所を探してもらうようになります。今、そういう予定になっています。大丈夫ですか?」
「ああ」
自分の今後の大事なことであるのに、どうにも本人の反応が薄い。社会福祉士も少々困惑気味だが、根気強く丁寧に話をしていたのが印象的だった。面談後、社会福祉士に聞く。