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 滋賀県八日市市(現東近江市)にあった八日市新地遊廓では、娼妓になる儀式として、女性を、死者の湯灌に見立てた「人間界最後の別れ風呂」に入れ、その後、土間に蹴落とし、全裸で、麦飯に味噌汁をかけた「ネコメシ」を手を使わずに食べさせた。人間界から「畜生界」に入ると自覚させたのだという。「男根神」と書いて「おとこさん」と呼ぶ木の棒を強制的に性器に入れる「入根の儀式」というのも行われたという。飛田でも、同様のことが行われていたのだろうか。今となっては不明である。

飛田新地のすぐ近くには人々の生活の場が広がっている ©️永田収

「タヌキの睾丸」「キツネに灸」戦前の大阪の粋言葉

 唯一の救いとして推察できることは、飛田の娼妓たちにも、小さな「笑い」はあっただろうことだ。「飛田が発祥とは限らないが」と前置きして、木川かえるさんは、戦前の大阪の「粋言葉」だとして、次の言葉を教えてくれた。

タヌキの睾丸(股いっぱい→また1杯)

 

キツネに灸(コン灸→困窮)

 

牛のおいど(モウの尻→物知り)

 

破れ太鼓(ドン鳴らん→ドもならん)

 

仏壇のお椀(金椀→かなわん=かなわない)

 

蛙の行列(向こう水→向こう見ず)

 

饅頭の切腹(餡切→呆れた)

 

鰻の上京(う登り→自惚ぼれ)

大阪の文化とともにあった飛田新地 ©️永田収

「さっきのお客さん、けっこう牛のおいどやったしぃ、タヌキの睾丸なんやったらええんやけど、(お金を)持っていそうで案外キツネに灸なんかもしれへんし。破れ太鼓やわ」

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「あんた、もしかしてその人に惚れたんちゃうん? 饅頭の切腹やわ。その人もあんたに気があるみたいやって? 鰻の上京もええ加減にしいや。どうせ仏壇のお椀やって」

 サービス精神からだろう。たとえば、こんな会話もあったんと違いますかと、木川かえるさんがなんばグランド花月の楽屋で、手持ちのホワイトボードに「タヌキ」「キツネ」「牛」と文字を書き、その文字を着物姿のおねえさん2人の絵の線に取り込んだ隠し絵を描きながら、女性の声色を使って即興で陽気に演じてくれた。(#8へ続く)

さいごの色街 飛田 (新潮文庫)

理津子, 井上

新潮社

2015年1月28日 発売

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