昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

未解決事件を追う

2021/05/01

source : 文藝春秋 2011年12月号

genre : ニュース, 社会, 歴史

「そうだな、落ち着いたら会おう」

 栢木は気持ちを鎮めて電話を切った。

 狙撃供述を始めた元巡査長を軟禁状態のまま取り調べ、その後、時効まで捜査を続けた栢木は、一つの結論に到達していた。――元巡査長は狙撃に関わっている。警察官の立場を利用して現場下見を手伝い、オウム幹部が狙撃を実行する前後は拳銃を預かっていたに違いない――。

 時効が成立した2010年3月、栢木は狙撃事件捜査を担当する公安一課長として、ぎりぎりまで元巡査長のもとに通い、真相を語るよう説得し続けた。だからこそ元巡査長からの酒の誘いは、嘲笑されているかのようで、悔しさが沸々とこみ上げてきたという。

捜査を惑わせた「拳銃と弾丸のスケッチ」

 15年間の捜査は、元巡査長の「狙撃供述」が分岐点だった。

「拳銃と弾丸のスケッチを見て、俺はヤツの犯行だと確信してしまった」

 特捜本部のある捜査員は、供述の信憑性を裏打ちし、百戦錬磨のベテランたちを妄信させたのは、元巡査長が描いた1枚のスケッチだったと明かす。

 筆者が入手したA4判の紙に描かれているのは、長い銃身の回転式拳銃と特殊な弾丸。作成者として元巡査長の名前が書かれ、拇印が押されている。これが狙撃に使った拳銃だというのだが、あまりにも精巧なデッサンだ。さらに驚くのは元巡査長による解説だ。

元巡査長が描いたスケッチ

「銃身、角ばった感じ。にぶい銀ねずみ色。横から見ると幅がある」

「弾丸、濃い緑色のコーティングの様な感じ。先端部分が凹んでいたと思う」

 銃把、弾倉、マーク、弾頭、薬莢の別に、詳細な注釈が加えられているのだ。銃身の上下が逆になっているが、コルト社の名機パイソン8インチと殺傷能力を高めたホローポイント弾そのものだった。

「作成日を見ろ。公安部による謀略だ」

 実は栢木も、元巡査長が狙撃を自供した当初、拳銃を描かせたことがあったが、彼が描いて見せたのは、下手糞な自動式拳銃の絵だった。だが、新たな取り調べ班のもとで作成されたこのスケッチを見たとき、栢木は「弾頭の色こそが秘密の暴露だ」と思ったという。弾頭が「濃緑色」にコーティングされていたことは栢木自身も知らない事実だったからだ。栢木もまた、スケッチによって確信を深めた一人だったのだ。

 それにしても、人の記憶がここまで詳細に残っているものなのか。別の捜査員は、このスケッチの背景をこう解説する。

「これは一部の幹部がモデルガンを見せて描かせたデッチ上げだ。弾丸の形も吹き込んだのだ。作成日を見ろ。軟禁状態での取り調べが明らかになった直後だろう。公安部による謀略だ」