文春オンライン

未解決事件を追う

《国松長官狙撃事件の闇》現場から消えた“長身の男”…オウム信者の「拳銃スケッチ」は秘密の暴露だったのか

《国松長官狙撃事件の闇》現場から消えた“長身の男”…オウム信者の「拳銃スケッチ」は秘密の暴露だったのか

2021/05/01

source : 文藝春秋 2011年12月号

genre : ニュース, 社会, 歴史

note

 作成日は事件発生から1年7カ月後の1996年10月30日。警視庁公安部が元巡査長を、違法な軟禁状態で取り調べていたことがマスコミ報道によって発覚した直後のことだ。

 スケッチは、軟禁状態での取り調べの正当性を主張するだけでなく、元巡査長の狙撃供述をはじめて知った捜査員の怒りを沈静化させ、オウム以外のルートを一切探らせないという二重三重の効果を発揮した。

「元巡査長を実行犯に仕立て上げるための強い意志が働いていた。組織防衛のためなら情状酌量の余地はあるが、真実の隠蔽のためなら犯罪だ」

ADVERTISEMENT

 現場の捜査員は、憤懣やるかたない様子で語る。

国松孝次警察庁長官 ©時事通信社

北朝鮮工作員「W」の動向

 特捜本部拳銃捜査班は、拳銃と弾丸の種類を特定するため、射撃実験を繰り返した。明らかになったのは、国松長官に命中した3発の弾丸は、既製品ではなく、改造品であるという事実だ。

 狙撃に使われたのは、米フェデラル社が製造した「357マグナム」と 「38スペシャル+P」のいずれかと見られている。ホローポイント弾頭の表面にナイロンコーティング加工が施された特殊な弾丸だ。

 科警研などが弾頭の速度や火薬痕を分析した結果、いずれにも合致しないことが判明。命中精度を高めるために、火薬量を微調整した「ハンドロード」であることが明らかになったのだ。

「これは訓練を積んだヒットマンの犯行だ。朝鮮人民軍バッジが現場に残されていたのだから、北朝鮮による犯行の可能性を捜査すべきだ」

 特捜本部で、こうした声を上げた捜査員はごく少数だった。

 筆者が取材を進めると、一部の捜査員が、北朝鮮工作員の動向を密かに洗った痕跡が残されていた。特に、国家科学技術委員会、朝鮮芸術家代表団の肩書きで、日本を頻繁に出入りしていた「W」なる人物について、詳しい記録が残されていたのだ。

「W」に関する「基調報告」には、平壌市の行政委員会、経済委員会の指導員などの経歴と来日歴が列挙されたうえ、次のように記載されていた。