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2021/04/29

なぜ彼女にお金が必要だったのか?

 私は、みどりが石川に暮らしていた頃のことについても話を聞いた。

「中学を卒業してから、最初はラーメン店で働いていました。3年ぐらいいたと思います。それから、もっとお金が欲しいなと思って、18歳の時に金沢のデリヘルで働きだしたんです。その時に、コンドームなしでもオッケーして、多くお金をもらうようにしていました」

「何にお金を使っていたんですか?」

「パチンコをやったり、一番使っていたのはホストクラブです。お金が入ると、使わずにはいられないんです。ホストと話していると癒されるし、楽しいんです。泉の広場にいた時には、月に50万円は使っていました」

 実家と縁を切るきっかけとなった子どもは、両親が養子として面倒を見ているという。

 乳飲み子の時に、両親に預けてからは、子どもには会っておらず、両親とも連絡を取っていない。大阪が楽しかったということも事実なのだろうが、実家周辺にいられなくなり、大阪へと流れてきたのが真相ではないか。そして、再び大阪で体を売り、父親がわからない子どもを身ごもった。

兎我野のラブホテル街 ©八木澤高明

「今、子どもたちは施設にいるんです」

「2人のお子さんは何歳ですか?」

「今、9歳と5歳になります」

「現在は、お子さんと3人で暮らしているんですか?」

「今は元彼と暮らしていて、子どもたちは施設にいるんです」

「それはどうしてですか?」

「2番目の子は、保育園の料金を滞納していたら、保育園から施設に連絡が行って、ネグレクトということにされて、施設に入れられてしまったんです。3番目の子は私が寝ている隙に外に出てしまって、近所の人にやはりネグレクトだと通報されて、施設に入れられてしまったんです」

 みどりの言い分を聞いていると施設側の過剰な対応にも見えるが、私に隠している事も多々あるのだろう。それだけの理由で施設に入れられるとは到底思えない。ただ、子どもとまた一緒に暮らしたいという思いはあると、彼女は言った。

「今は、生活保護を受けていて、生活が安定していないので、子どもを施設から引き取ることができません。月に1回、施設の前の公園で会うことしかできません。それなので、まずは介護の仕事をしようと思っていて、週に3回介護施設に通って研修を受けています」

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