私と違って、自分でも観察眼が優れていると自負する家内(*4)によれば、その男性は目が据わっていて、心ここにあらずの顔をしているという。
*4 ぐうたらで物事の推移にもあまり関心がない私とは違って、好奇心が強く、積極的に推理を働かせる彼女は九州出身で気が強い。おっとりした風土の京都育ちでのんびり屋の私とは意見が異なることもしょっちゅう。じつはこのときもその男性の様子を見てなにも思わなかった私は、最終的には平謝りの体たらくだった。
家内に言われてモニターで確認してみると、朝から何度も、それも40~50分おきに館内を出入りし、同じ行動を繰り返している。
たしかに不審であった。彼はただ最上階の踊り場にある例の柵の前まで行っては、そこをウロウロし、時には眼下を見下ろしてじっとしているのだった。
数年前の自殺の一件を思い出した私たちは、彼が出て行ったのを見定めて警察に連絡し、目立たないようにきてほしい旨を告げた。
われわれが見守る中、彼は本当に再びやってきた。
家内がエレベーターに乗り込もうとする男性に走り寄り、その腕を捕まえて言う。警察官が到着するまで、なんとかして引き止めなければと彼女は必死だった。
「あなた、ダメよ。そんなきれいな顔をして、死ぬなんてこと考えちゃ。私みたいにおばあちゃんならともかく、まだまだ若いんだから、そんなこと考えちゃダメ」
そうこうするうちに、2名の男性警察官と1名の女性警察官がやってきて、男性に職務質問をし始めた。
警察官の職務質問と説得で、彼は付近に住む専門学校生で、死のうと思って何度もこのマンションに出入りしていたことを認めた。
家内の観察眼とビデオカメラの設置が功を奏したのである。
結果的に私たちは予測不可能な自殺企図者の実行を制したことになった。あのときふと思った「予防」が成功したのである。
そう思うと、警察からはなんの謝辞もなかったことも忘れて、心底、人を救えた喜びを味わったのだった。
一致団結:一生忘れられない光景
平成30年9月4日。近畿地方にかつてないほど強力な台風が襲った。25年ぶりとなる「非常に強い勢力」で日本に上陸した台風21号は、第二室戸台風を上回るとされる力で、私たちのマンションを襲った。
台風21号が「泉州レジデンス」を襲ったその日、管理員室にいる私に被害の第一報をくれたのは、いつも親しくさせていただいている住民さんだった。
「管理員さん、ものすごい風やわ。そこの車路の天井が割れて、あちこちに飛んでるわ。もう滅茶苦茶になってるで」