昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

目が据わっていて、心ここにあらずの顔…“72歳のマンション管理員”が自殺企図者を引き留められた意外な理由

『マンション管理員オロオロ日記――当年72歳、夫婦で住み込み、24時間苦情承ります』より #2

2021/05/15

 私は手に持っていたロープを奥さんに持ってもらい、管理員室に走った。そしてご主人には、モンキーレンチを使って、柵を一枚ものに構成しているボルトの一本一本を取り外してもらうことにした。柵は、縦に伸びる支柱と横棒の支えから成っている。柵を安全に取り外すには、その棒をつなぎとめるボルトを外さなければならないのだ。

 だが、そこは落下する危険と隣り合わせの空間。ワラどころか、掴むものとてない最上屋だ。下手をすると、外れた柵と一緒に3人もろとも落下して命をなくさないとも限らない。

 そうこうするうちに、どこで聞きつけたのか、風雨の現場に住民さんがひとり、ふたりと駆け付けてくれ、総勢5人体制となった。

 夕方になり、あたりが薄暗くなったころ、ようやく柵をつなぎとめていたボルトをすべて外し終え、柵を下に落とす段になった。

 住民さんが大きな声で下に叫ぶ。

「気をつけてくださーい。今から柵を落としまーす!」

 地上にも別の住民さんがいて、周囲の安全を確保してくれている。

 みんな協力的だ。まるでこの世に悪人などいないのではないかと思えるほどだった。

「では、行きますよー」

 千束さんのご主人(*6)の合図で、私たちは「せーの」と一斉に柵から手を離し、その柵がブワーンと音を立てて地面に落ちていくのを見届けた。

*6 この翌年、ご夫婦には可愛い女の子が生まれた。ご主人は、今も朝の行き帰りに抱っこした彼女の笑顔をプレゼントしてくれる。

協力してくれた住人に感謝状と金一封を

 あのとき、私ひとりではどうにもならなかった。駆け付けてくれた住民さんたちの協力がどれほど嬉しかったことか。今思い出しても涙が出そうになる。

 私は理事長にお願いし、協力してくださった住民さんたちに感謝状と金一封(*7)を贈ることを承諾してもらった。

*7 感謝状の文言やデザインは、久しぶりに元コピーライターの力量を発揮させてもらった。金一封については、一番活躍してくれた人に1万円、それ以外の人に5000円と提案したのだが、家計を預かる女理事長のひと言で「最高5000円、そのほかの人に3000円」となった。たった3000円でも「たいしたことしてへんのに」と喜んでくれた住民さんのはにかんだ表情が印象深い。

©iStock.com

 感謝状を贈ったのはこの4人だけではない。

 車路に散らばったスレートの欠片を拾い集めた人、それらを袋詰めにしてくれた人、倒れた専用庭の塀の代わりになるものをホームセンターで調達してきて無償で取り付けてくれた人……いろんな手助けをしてくれた人がいた。

 感謝状を差しあげた人たちはみな喜んでくれた。力を合わせて助けてくれた人たちの笑顔はシンボリックな心象風景として一生、私の胸に輝き続けるに違いない。

【前編を読む】「グルになって、私の家族を崩壊させようとしている」マンション管理員が体験した“ヤバい”住民トラブル事件簿

マンション管理員オロオロ日記

南野 苑生

三五館シンシャ

2020年9月23日 発売

この記事の写真(5枚)

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー
z