騒音問題の仲裁、部屋で暴れる奥さんの緊急対応、立ちション目撃者からの通報……。日ごろのウップンの聞き役であったり、癪にさわることを注意してもらおうという人たちの受け皿、もしくは苦情承り人と目されているマンション管理員の実情。しかし、マンション管理員の毎日は決してクレーム対応の連続というわけではない。
ここではマンション管理員歴13年の南野苑生氏が実際に体験した二つのエピソードを著書『マンション管理員オロオロ日記――当年72歳、夫婦で住み込み、24時間苦情承ります』(三五館シンシャ)から抜粋し、紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)
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自殺志願者:異様に高い手すりの理由
私が「泉州レジデンス」に赴任して不思議に思ったのは、最上階の廊下にある手すり(*1)が異様に高いことだった。ふつうは腰の高さをわずかに超え、どんなに高くとも胸の下あたりまでしかないのだが、ここはアルミフレームの格子状の柵で高さも2メートル以上はある。
*1 通行人の落下防止のために設けられている廊下外側の壁、または柵(約100㎝ ×120㎝ 角のパネルで構成されている)で、その設置個所によって「擁壁」または「パラペット」というが、「手すり」というほうが一般にはわかりやすい。
そのわけはこの物件の分譲開始当初から住む住民さんに教えられて知った。これまでにそこから飛び降りた人が2人いて、いずれも亡くなっているという。
二度とそういうことが起こらないようにと総会に諮られ、そこを乗り越えられない高さにまで増設したというのだった。
飛び降りたのは2人ともマンション住民ではなかったが、これがマンション住民となると、ことは厄介になる。なぜなら、管理組合の施設管理能力ならびに責任能力が問われることになるからだ。管理責任はすべて「区分所有法に定める管理者」であり、防火管理の「管理権原者」たる組合の理事長が負うこととなる。
しかし、また事件は起こってしまった。
夜明け前、いつも早朝にウォーキングしている102号室の草野さんがインターフォン越しに教えてくれた。
「うちの前の駐輪場に人が倒れています」
行き倒れかなにかかと思いながら、見に行ってみると、たしかに駐輪場の出入り口にあたる通路に人が仰向けに寝そべっている。
近づいてその顔を見ると、薄っすらと口髭の伸びた青年で、息はしていないようだった。どこにも傷やケガらしい痕もなく静かに横たわっていて、どう見ても死体には見えなかった。それこそ穏やかな死に顔だった。
「もう死んでいますよ」
医療関係に勤めている草野さんは至極、落ち着いた声で言った。