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 急いで見に行ってみると、その言葉どおり、現場はひどいことになっていた。天井全体を覆っていたスレートボードの破片(*5)があたり一面に散乱している。

*5 石膏ボードでできているため、いったん崩れ出すと、その破片がボロボロと地面に落ちてくる。天井のどこかに経年劣化による亀裂が生じていて、そこから強い風が吹き込み、どこへも行き場のなくなった空気がヒビの入った一枚のボードをへし折り、ドミノ倒しのように天井板を剥がしていったのであろう。

 雨と風はますます勢いを増し、囂々と音を立てて、マンション中を駆け巡っている。風の中に立とうものなら、一気に身体ごと壁に叩き付けられるのは目に見えている。

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 と、そこへひとりの男性が吹き付ける強風に身を屈め、車路に向かってゆっくりと歩んでいるのが見えた。そしてさらに一歩を進めようとしたとき、上空から3メートル四方もあろうかと思われる物体が斜め雨とともに飛んできた。

 強風に交じって大きな音が聞こえた。見ると、それはあの自殺防止柵の一部だった。もう少しで下敷きになるところだった男性は、もと来た道を引き返し、迂回して管理員室にやってきた。

「管理員さん、屋上に今落ちてきた柵の片割れが引っかかってる。あれ、なんとかせんとまた落ちてくるで」

 私は14階に行き、自殺防止柵の残りが風に煽られて、グラグラと揺れているのを確認した。たしかにこのまま放置すれば、数十分もしないうちにこの柵は金属疲労を起こし、またぞろ階下に落ちていくことだろう。いつ何時、その下を人が通らないとも限らない。

 私は管理員室に取って返し、自転車の盗難防止用に使っていたワイヤーロープを手に14階に戻った。

「管理員さん、ひとりでは無理でしょう。私たちも手伝います」

 戻ってきた現場には、どこで知ったのか、若いご夫婦がいた。

「管理員さん、ひとりでは無理でしょう。私たちも手伝います」

 最近、越してきた10階の千束さん夫妻が心配して駆け付けてくれたのだった。

 そこは強風が吹き荒れ、すっかり防止柵が消えてなくなってしまった更地のような空間である。まともに風を受ければ、地上へ真っ逆さま。一巻の終わりである。

 私は柵の中心部分にある2本の格子にワイヤーロープを巻き付け、その両端を手元に引いた。これをどこかに括り付けねばならない。その場所を物色する私に、千束さんのご主人が言った。

「管理員さん、これを外すにはレンチが要りますね」