みんなと同じになりたい
頑張れない彼らは次第に、自身のことに気づいてきます。自分の力のなさに気づいてくるのです。そんなとき周囲からかけられる声があります。
“そんなことあまり気にしなくていい”
“あなたには得意なこともある”
“もっと自分に自信をもって”
といったものです。
しかし、そう言われてもやはりできないことは気になるのです。「どんな人になりたいですか?」という問いかけに対する、勉強がかなり苦手な境界知能(編集部注:知的障害とは認識されていない程度の低い学習パフォーマンス)の一人の中学生による答えに印象的なものがありました。
「頭がよく気遣いもできて皆から頼られる人になりたい。先生は私のことを、皆と頭のレベルが違うから頭がよくない生徒だと思っている」
境界知能であれば、中学生でだいたい小学校中学年くらいの精神年齢と推定されます。最初、私はてっきりその子はそこまで自分のことに気づいておらず、勉強ができないことをあまり気にしていないのだろうと思っていました。しかし、自分の思い違いを恥じました。みんなと同じようにできるようになりたいのです。
中途半端な声かけは逆効果
“決してやる気がない訳ではない”
“分かっているけどできない”
“でも結果を出したい”
“評価されたい”
“人目が気になる”
“自分のことを分かってほしい”
そんな心の叫びが聞こえてきました。
“みんなと同じでなくていい”も支援者がよく使う言葉の一つですが、本人たちの心の底には“みんなと同じになりたい”という気持ちが必ずあると私は思っています。そういった彼らは、“できない自分に時間をかけて少しずつ折り合いを付けながら、事実を受け止めていく”過程を通して、本来の自分の在り方を見つけていくことになるのでしょう。
しかし、その過程を考慮しない支援者からの中途半端な声かけは、逆に彼らを追い詰めてしまうこともあります。実は、そういった声かけが彼らに余計な負荷をかけて、やる気を奪っている可能性すらあります。さらに問題なのはそういった声かけをする支援者には悪気はなく、むしろ元気づけよう、励まそう、といった気持ちや、よかれと思ってやっているケースがあることなのです。
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