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ミャンマーで拘束の北角裕樹さん「刑務所で政治犯と約束した。世界に伝えることが僕のミッション」

クーデター取材中に何が起きたのか。ジャーナリスト・北角裕樹さんに聞く

2021/05/20

デモ隊はスーチーさんの思想に支えられ、非暴力不服従を徹底

――デモ隊にはスパイや不審者もいそうですね。

北角 ときおり見つかりますが、デモ隊が持たないような武器を持っている人がいます。デモ隊は不特定多数の人がいますので、紛れやすいと思います。そのため、デモ隊の参加者はお互いに気をつけています。不審な人がいると、みんなで質問します。時期によっても違いますが、所持品の中にナイフがあったりすると、「僕らはそんなものを持たないんだよ。危ないから今日は帰ってね」と言って、追い出していました。

――鎮圧されていくと、過激な運動の方向になるようなイメージもありますが……。

北角 僕の知る限りでは、デモや集会の参加者たちは驚異的な忍耐力を持っていました。民主化運動そのものが、スーチーさんの思想に支えられていて、非暴力不服従で徹底されていて、コンセンサスになっています。当初は、せいぜい催涙弾を打ち返すためのラケットを手にしていたり、水風船を投げていたりしました。なんの殺傷能力もありません。時間稼ぎでしかないものです。盾も作っていました。樽の蓋を使っていたり、雑誌をまとめたものを防具としていました。彼らも実弾で撃たれたらダメだとわかっています。

 3月中旬になると、大きな弾圧へと展開していきます。マシンガンが使われ始めたのです。そのとき、デモ隊の人に「うちらは今まで武器を持たずにやってきたが、武装蜂起したら国際社会はどう思うだろうか?」「うちらのしていることは、抗議して、逃げて、捕まって、殺される。それだけなのか?」などと聞かれました。なかなか答えを返すことができませんでした。

発砲する治安部隊 ©北角裕樹

杜撰で不当な“虚偽ニュース発信”の嫌疑

――2回目の逮捕については。

北角 “虚偽のニュースを発信した”とされていますが、罪自体、私には覚えがありません。記者として証拠に基づいた報道をしてきました。ただ、“どのニュースが虚偽だ”とは言われていません。

“ビデオの映像を買った”ということが根拠になっているのですが、それ自体がないことです。万が一、買った映像があったとして、それでどのように虚偽のニュースを広めたのかは言われていません。杜撰であり、不当だと思いました。取調べは事実に基づかないものでした。だから話が進まないのです。“虚偽のニュースをFacebookで投稿した”ということになっていましたが、僕は否定し続けました。そのため、訴状では“Facebookで投稿”という文言はなくなっていました。なんでもありみたいなところがありました。

 治安部隊の当初の狙いは、“虚偽のニュース発信”を証明したかったのだと思います。そのため、パソコンとスマホを押収していったのです。でも、治安部隊は、パスワードを突破できなかったのだと思います。そのため、僕に「パスワードを教える気はない?」と聞いてきました。釈放されたあと、押収物が戻ってきましたが、ホテルでパソコンを確認すると、逮捕される前にみていた画面そのままでした。きっとさわれなかったのでしょうね。取調べで、2月1日以降のビデオも提示されませんでした。家宅捜索でも見つからなかったようです。