不妊治療の情報を提供するウェブサイトを立ち上げて
子どもを持つ喜びを知っている伊藤さんは、子どもを持つことができない人たちを放っておけなかったという。伊藤さんの話を聴こう。
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――どうして放っておけなかったのですか?
伊藤ひろみ(以下伊藤) 証券会社でM&A(企業の合併・買収)や資本提携の提案を行い、「企業」の役に立つことにやりがいを感じていましたが、だんだん「企業」よりも「個人」、特に困っている人に対してより直接的にできることはないかと思うようになりました。私自身は不妊治療を経て子どもを授かりましたが、一方で同世代の女性たちがなかなか授からず、何度も不妊治療を受ける姿、妊娠に至らずに涙する姿、あるいは不確かな情報に振り回される姿を見てきました。そこで、不妊治療に関する正しい情報を提供するウェブサイトを立ち上げて、私なりに応援してきたんです。
日本にも精子バンクは必要だ! 精子売買はグレーマーケット
なかでも無精子症は治療が困難で、非配偶者間人工授精(AID)を決断してもなかなか受けることができないということもわかってきました。AIDは日本では正式に婚姻関係にある夫婦の夫が無精子症の場合にのみ認められています。これができる病院として12の医療機関が日本産科婦人科学会(以下日産婦)に登録されているものの、現在実施しているのは5機関程度にすぎないのです。しかも治療の半数は慶應義塾大学病院で行われていますが、協力してくれるドナーが集まらなくなったため、新規の患者の受け入れを停止してしまいました。
日本には精子の売買を禁止する法律はありません。日産婦が「営利目的での精子提供の斡旋もしくは関与または類似行為をしてはならない」というガイドラインを出しているだけなので、精子については正規ではない、いわゆるグレーマーケットになっているんです。というのも、需要はあるからです。なかなかAIDを受けられず、自分で精子を調達して自分で膣に注入する人がいるのです。ボランティアと称して精液を提供する人の広告がネット上にもたくさん見受けられますが、その精液が安全であり、質のいい精子が入っているという保証はありません。非凍結の精子では、HIVなど潜伏期間のある病気のスクリーニングもできません。海外で暮らしていたとき、安全な精子バンクを利用して無精子症の人たちが子どもを持つのを目の当たりにし、日本の現状には問題があると考えるようになりました。
日本にも精子バンクが必要だ。そう確信し、自力でバンクを立ち上げようとしたこともあります。しかし、専門家の先生たちにヒアリングしたところ、必要性自体は分かってくださるものの、民間企業が精子・卵子の斡旋に関与するということは、日本では認められないだろうと、否定的でした。医学界のみならず、世論にも商業主義を医療の現場に持ち込むことに対する強い反感があったのです。