文春オンライン

「精子売買はグレーマーケットだった」‟不妊治療大国”で元証券会社社員が精子バンク日本語窓口を立ち上げたワケ

伊藤ひろみさんインタビュー#1

2021/05/26
note

実績と信用のある海外の精子バンクが日本で事業展開すればいい

 Uber(ウーバー)やAirbnb(エアビーアンドビー)のように、ベンチャー企業がまず事業を始め、その後から規制が変わっていくのを狙うというのも一つのアプローチとしてあるでしょうが、医療ではそれは認められない、特にこの分野は倫理的な問題もあり、保守的に進めなければいけないといろいろな方に言われました。無精子症の最先端治療の第一人者である獨協医科大学越谷病院の岡田弘先生にも同様のことを厳しく言われ、それもそうだなと思いました。ほぼ諦めかけていたときに、文春オンラインの記事が目に留まりました。

 伊藤さんの目に留まったのは、「精子もネット通販で! 値段は学歴でもイケメン度でもなく○○で決まる」。2017年12月22日にアップされた記事だ。この年の秋、デンマークのフレデリック皇太子夫妻の来日に際し、国を代表する企業として随行したのがクリオスのオーレ・スコウ代表(当時)だった。記事では、多くのドナーから精子を買い集め、凍結保存して医療機関や個人に販売する──スコウ氏が30年前に立ち上げたクリオスが、いまや世界100ヵ国以上に精子を販売し、ギネスブックに載るほどの大企業に育ったこと、同社の電子カタログにはドナーの国籍、人種、身長、体重、血液型、目の色、髪の色、精子の運動率、さらには心の知能指数(EQ)、赤ちゃんの頃の写真、本人の肉声までも掲載されていること、そして精子の価格は凍結した精子の解凍後の運動率によって決まることなどを紹介している。

伊藤 クリオスに関する情報もさることながら、「スコウ代表が日本進出も匂わせた」と書いてあったことに、閃きました。そうだ! 実績と信用のある海外の精子バンクが日本で事業展開すればいいんだ!

©️iStock,com

クリオス代表・スコウとの意見交換

 そこで即、クリオスのスコウ宛にメールをしたためたのです。「私は日本には精子バンクが必要だと思っている。記事にあるとおり、日本進出の意向はありますか」。すると、すぐ本人から返信がありました。だんだんわかったことですが、彼はすごくまめな人なんです。かつ、文章がめちゃくちゃ長い(笑)。

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 関心はあるけれども、いろいろと難しいよねということだったんですが、私が質問したら答えてくれたり、逆に質問されたりという形で、1年ぐらいメール交換が続きました。例えば、私は、ドナーは絶対に身元開示、つまり生まれた子どもが出自を知る権利を保障することが必要だと考えていたのですが、スコウは身元開示ドナーと非開示ドナーの両方が必要だというのです。普通の生殖においても、本当の父親が誰なのか、子どもは知らないというケースがありますよね。出自を明らかにして当たり前だという考え方は、いろいろな事情で出自を知らない人を傷つけてしまうこともあるというのです。また、ドナー精子を使って生まれたという真実を親が子に伝えなければ、子がその権利を行使するはずがないので、出自を知る権利の保障は告知とセットでないと無意味だと。なるほどと思いました。このように、私が気づいていないことをいろいろ教えてもらいながら、意見交換を重ねました。