2016年7月26日未明に相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた大量殺傷事件。入所者19人を殺害、26人に重軽傷を負わせた植松聖(事件当時26)は、同施設に3年以上勤務した元職員だった。植松は犯行動機について「意思疎通のとれない障害者は安楽死させるべきだ」「重度・重複障害者を養うには莫大なお金と時間が奪われる」などの自説を展開し、世間に衝撃を与えた。

 著書「こんな夜更けにバナナかよ」など、「障害者との共生」をテーマに取材をつづけるノンフィクションライターの渡辺一史氏は、横浜拘置所に拘留されていた植松と14回にわたって面会。渡辺氏が「週刊文春」2020年1月23日号に寄稿した記事を再公開する(日付、年齢、肩書き等は掲載時のまま)。

(全4回中の1回目。#2,3,4を読む)

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「休廷します!」「速やかに退室してください!」

 1月8日、横浜地裁で2016年に起こった「相模原障害者殺傷事件」の初公判が始まった。

 しかし、開廷後わずか約13分で休廷。遅れて傍聴席に入ろうとしていた私の目の前で扉が開き、一斉に退室する人の波に押し出される形となった。顔見知りの記者から話を聞き、私はようやく事態を把握した。

事件直後の植松

 問題のシーンは、弁護人の次のような罪状認否の直後に起こったという。

「植松聖さんには精神障害があり、その影響により心神喪失者、または心神耗弱者であったと主張します」

 そして植松聖(29)が「皆様に深くおわびします」と証言台で頭を下げたあと、右手の小指をかみ切るような行動をとり、係官に取り押さえられたのである。

 それを聞いて私が感じたのは、植松はこの裁判を最後まで乗り切る気力を失っていたのではないかということだった。その理由は、植松の主張と、弁護方針との大きな食い違いにある。

 刑法39条には《心神喪失者の行為は、罰しない。心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する》という規定があり、弁護団として死刑を回避するには、植松の責任能力を争う以外に方針がないのは確かである。

 しかし、植松はこれまで私との面会時に、刑法39条を完全に否定してこう語ってきた。「頭がおかしければ無罪という理屈は間違っています。心神喪失者こそ死刑にすべきです」