上村さんは元々日雇いの労働者であった。自分の経験が影響して、今も労働者のことを第一に考えているのがよく分かるエピソードでもある。
――抜かないでしばらく手配師を続けていたんですか?
「しばらく続けましたね、ぼくは貯蓄もあるし、身体が見ての通り動けへんから多少行政からの補助もあるしやね、それを続けていたら見かねた元請けが少しくらい抜けって言い出して。ほかの手配師の立場もあるから1人1000円でも2000円でもいいから引いてくれ、言われましたね」
元請けが請け負う大きい現場には、多くの労働者が集まる。ひとつの建築現場で、何十人も西成から手配師に連れられて集まってくる場合もあるだろう。
休憩時間などで、当然自身の日当などの世間話をすることもあるだろう。
そこで上村さんが抜いていないという待遇をほかの手配師から派遣されている労働者が聞くと、勤労意欲が無くなるからであろうか。
しかし、人の口に戸は立てられない。
上村さんが苦労しなくても人が集まるのには、ほかにも理由があるのだろうか。
「あくどい人夫出しもいる。帰って来れない飯場に人間出したり」
――ということは上村さんが人夫出しをして1日で1、2万円くらいの稼ぎですか。人夫出しを始めてどれくらいですか?
「身体を慣らしながらやっているから、もう1年くらいになるかな」
――仕事は順調ですか?
「コロナでだいぶ工事も減ったし」
――脳梗塞だから身体に麻痺があって実際歩けないわけですよね。
「身体障害者手帳1級ですね」
と、上村さんは自身の車いすの脇にあるポケットから手帳を取り出して見せる。
――人夫出しすることで気にしていることはありますか?
「元請けはぼくのことを信用して、仕事を出しているわけですから。もちろん現場で粗相がないように時間前に行ってミーティングをしたり、はじめに引き継ぎはしとかなあかん。元請けも信用しているけど、連れて行った人間もぼくのことを信用してるから裏切っちゃ絶対にあかん思ってます。あくどい人夫出しっているじゃないですか、西成って。
帰って来れない飯場に人間出したり。ホンマに詐欺師のような人夫出しが仰山立ってますからね、ホンマに」
帰って来れない飯場というのには説明が必要であろう。
一例を挙げると、山奥の現場に連れて行き、工事が終わるまで人との面会はおろか、山の下の街までも下りられないような嘘みたいな現場である。
一時期に比べてそのような現場は少なくなったが、未だに西成の人夫出しはこのような現場に人を斡旋しているのだ。
――そういったあくどい人間の見分け方ってありますか? 車に貼ってある条件と違うというのは。
「ぼくは経験したことないから分からんね。文句を言っても山の中に放り出されるし、気づいたときには遅いんとちゃいますかね」