昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

2021/05/29

「ええまあ。指名手配の隠れ場所ですからね」

 ここで話題を変えて、西成で多く囁かれている都市伝説に話を向けた。

――都市伝説ですけど、ダムに工事で死んだ人間が埋められるとかいうじゃないですか。あれって実話ですか?

「実話かどうかは分からないけど、1人は実際に知っているよ。山奥の飯場で使い物にならんようになったら埋めてしまうという。まあそこはその事件が発覚してパクられたけどね。それ以外でもあるんちゃうかな。この地域で住民登録している人間は、ホンマ行政は生活保護を受けている人間しかカウントしとらんやろ。だから人が消えたって“あ、飛んだんや”くらいしか思わへんからな」

 この地域の住民はほとんどが独身だ。所帯を持っているのは市営アパートや山王周辺のアパートなどに住んでいるほんの一握りの人間だけであろう。

 また、身分証がなくてもドヤに長期宿泊も可能であり、よほど密接な関係をドヤの管理人や近隣住民と築いていなければ、いきなりいなくなっても捜索願を出されることは100パーセントないと言い切れる街である。

――実際にそういう話はあるんですね。普段から聞く世界ですか?

「ええまあ。指名手配の隠れ場所ですからね、未だにあいつはここに隠れているのかと思われる人間仰山いますよ」

――市橋達也受刑者などそうでしたね。まだ指名手配犯などいますか?

「顔とかいじったらわからんしね。体型と髪形変えたりしたら近い人間でもホンマに分からへんわ」

市橋達也の指名手配のポスター(2009年)。逃走中に美容整形手術を受けたことでも話題になった ©️時事通信社

――警察から指名手配犯がいるか捜査協力してくれと頼まれたことはないですか?

「それはないね、言われたとしても分からへん言うやろうな。街の仲間のことは言いたくないしな」

 筆者は過去に西成へ取材で訪れた際、“人が何をやってもそれには構うな”と色々な人間に注意されたことがある。

 つまり誰が何をやっても無関心でいろ、という意味であろう。さすがに目の前で人が殺されかけていたり、殺されていたら通報するだろうが、幸いにもそのような物騒な場面には未だに出くわしていないのはラッキーなのであろうか。

――それでは西成という街は、まだ犯罪者が潜伏できる街ですか。

「十分潜伏はできる街やろ。いくら警察が指名手配書を持って歩いていても無駄やな。たとえ隣にその顔の奴が住んどってもぼくは無視しますね。関わり合いたくないし。人を売りたくないから。

 あ、思い出したわ。事件といえば、前にこんな事件がぼくの周りでは過去にあったわ。素泊まりできるドヤの一室に切り刻んだ死体を置いとったことはあった。それは何でわかったかというと、長期でそのドヤを借りとったんやけど本人が帰ってくる様子がなかったんや。家主がおかしいと思って警察に行ったらわかった。犯人は捕まったと思うで。それもよう知らんけどな」

 人情の街大阪と言えども、この街の風景は一風変わっている。

 隣の人をあえて無関心にするのは、過去を詮索しない、してはいけないというこの街独特のルールがあるからではないだろうか。

z