かつての『シンデレラ』(1950)のような受け身のプリンセスから、長編アニメ映画の第二次黄金期の幕開けを告げる『リトル・マーメイド』(1989)で大きく変化し、現在はアニメーションスタジオのチーフ・クリエイティブ・オフィサーでもあるジェニファー・リーが共同監督を務めた『アナと雪の女王』(2013)において、新たなフェミニズムの時代を牽引する存在となった。
ディズニー・アニメのヒロイン像の変遷を表面的に語ってしまうとそうなるかもしれない。しかし、ディズニーのアニメーションスタジオの黎明期に活躍した女性アーティストたちにスポットを当てた『アニメーションの女王たち』を読んで、私は認識を改めた。彼女たちの足跡と貢献は有形、無形のレガシー(遺産)となって現代のアニメーターたちに受け継がれ、今、ようやく大輪の花を咲かせたところなのである。
初期のディズニーのアニメーターというと、必ずと言っていいほど「ナイン・オールド・メン」の通称で知られる面々の名前が挙がる。『シンデレラ』『ふしぎの国のアリス』(1951)、そしてディズニーランドのアトラクション「イッツ・ア・スモール・ワールド」のコンセプト・アーティストとして知られるメアリー・ブレア以外で、名前が知られている女性アーティストはほとんどいないだろう。この本ではブレアに加えて、初期のスタジオにおいて、脚本のアイデアを出し、シーンやキャラクターのラフまで作るストーリー部門を支えたビアンカ・マジョーリー、グレイス・ハンティントン、レッタ・スコットといったアーティストたちの仕事が大々的に取り上げられている。
『ファンタジア』(1940)の「くるみ割り人形」のシークエンスに尽力し『シンデレラ』『ピーター・パン』(1953)の立案者と言えるマジョーリー、彼女に続くストーリー部門第二の女性となったハンティントン、『バンビ』(1942)で原画を担当し、ハリウッドの長編アニメ映画において初めてクレジットされた女性アーティスト、スコット。彼女たちの仕事を辿っていくと、新たな女性像を生き生きと描く、現在のディズニー・アニメーション映画までの歴史が伝統として立ち上がってくるのである。
男社会だったスタジオで初期の女性アーティストたちが遭遇したハラスメントの数々を読むのは胸が痛い。ウォルト・ディズニーの寵愛を受けたメアリー・ブレアも例外ではなかった。誰より彼女の才能と成功をやっかんだのは同業者だった夫で、ブレアは彼の不貞や家庭内暴力に苦しめられた。ディズニーの子会社ピクサーのCCOだったジョン・ラセターのセクハラに至るまで、連綿と続いてきた問題点も浮かび上がってくる。今まで語られてこなかった光と闇の歴史によって、ディズニーの豊かな伝統が新たな形で見えてくる。
Nathalia Holt/1980年生まれ。ノンフィクション作家。サイエンスライターとして『ニューヨーク・タイムズ』『ロサンゼルス・タイムズ』『タイム』等に寄稿。邦訳された著書に『完治』『ロケットガールの誕生』。
やまさきまどか/1970年東京都生まれ。コラムニスト。著書に『映画の感傷』『ランジェリー・イン・シネマ』など。