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複数人で家に押し入り、銃とナイフで女性を拉致…米兵による性暴力の嵐が吹き荒れていた沖縄の“生々しすぎる現実”

『沖縄アンダーグラウンド 売春街を生きた者たち』より #2

2021/06/15

 2010年代初め、「沖縄の恥部」とまで言われた売春街が、浄化運動によって消滅した。その街は、戦後間もなく駐留する米兵たちによる性犯罪や性病の蔓延を緩和するための色街だったという。しかし、沖縄には米兵による凄惨な性犯罪の記録が数多く残されている……。

 ここではノンフィクションライターの藤井誠二氏の著書『沖縄アンダーグラウンド 売春街を生きた者たち』(集英社文庫)の一部を抜粋。元那覇市議で、沖縄の米兵の性犯罪を告発し続けてきた高里鈴代氏へのインタビューのもようを紹介する。(全2回の2回目/前編を読む)

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「兵士はむしろ町中で自由に誰か襲う相手を見つけています」

 私は今回の取材をスタートさせた当初(編集部注:2010年末頃)に高里の事務所を訪ねて、米兵による性暴力の嵐が吹き荒れていた時代の空気と状況をさらに生々しく知るためにインタビューを試みた。白髪の凜とした佇まい。高里は私の取材動機を一通り聞くと、米兵性犯罪のリストもふくめ、膨大な資料の中からいくつもの書類を手渡してくれた。高里の言葉とそれらの資料は、その先の私の取材活動の一つの道しるべとなった。

──高里さんたちが作成された記録を読むと、米兵による目を覆いたくなるような性犯罪が毎日のように起きていたことがわかりますが、大半は「容疑者不明」となっていますね。

「容疑者不明となっているのは、犯人は私たちでは知り得ないということです。米兵が住民の生活圏の中に入ってくるわけです。そうすると部落の入り口で鐘(酸素ボンベ)を叩いて、米兵が来たと叫んで住民たちは逃げるとか、そういう時期もありました。占領直後の時期は銃とナイフで女性を拉致したんです。しかも2人とか、時には6人とかの集団で土足で家の中に入ってきた。住民は自衛手段を講じて、米兵が地域に入ってくることを物理的に食い止めようとしました。

 現在、沖縄駐留の兵士の数はベトナム戦争の時などよりは少ないですが、今は兵士はむしろ町中で自由に誰か襲う相手を見つけています。売春防止法ができて、売春は違法だと決まりましたと言ったところで、米兵の行動や欲求はまったく変わらない。1980年代に入った頃から沖縄の中高生を騙して基地の中に連れ込むという事件が起こるようになったんです。ある時期からは、沖縄市のディスコがファーストドリンクは無料となり、米兵たちは最初のビール1杯を無料で飲みにくるようになりました。そうすると、彼ら目当ての観光客の女性たちも来るので、米兵は客寄せにも使われるわけです。そして米兵はそこで相手を見つける」