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 熊は間近である。より慎重な足運びが必要だ。ブッパの後ろからそっと静かにがさつかせず息も殺してついていく。初めてウサギ狩りにいった時、ガサガサと音を立てる素材のウインドブレーカーを着ていて西根師匠に「ウサギ逃げるぞ」と言われたな。そんなことを思い出しながら斜面を上った。

黒い影がひょいと伸びて熊の姿に……

 この辺りからはカメラを出すのもためらわれる。シャッター音で熊が逃げたら目も当てられない。しかし自分が今いる場所はどこなのだろう。車のある林道から見た熊地点の真下辺りなのか、それともまだ離れているのか、皆目見当がつかない。林道はかなり上であり熊地点を見下ろすかたちになっていたが。

 マタギたちはかなり上からその姿を確認していたのである。しかし、一旦谷に下りれば視界はまったくの別のものになるのだ。上を見上げても木に遮られて山の形さえわからない。上からはっきりと見えた木もどれか定かではないのだ。例えれば、船の上から見る海と水中から見る海ではかなり違うということか。

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 ブッパは何度も周囲を見回して自分の位置を確認しているようだ。そして慎重に歩を進める。さらなる急斜面を上り、平坦地で足が止まった。小さな谷を挟んで向かいの山の裏に熊はいるようだ。それを勢子にまわった弘二さんが追っているのだろうか。しかし、山に比べれば熊も人間も非常に小さな存在だ。今、山のなかをひとつの小さな点(弘二さん)がもうひとつの黒い点(熊)を追っている。そしてじっと待っている小さな点(土田さん)に黒い点(熊)を追い込んでいるのだ。こんなことが成功するとは信じられない。

 倒木に腰を下ろして何かを考えるブッパ。私は邪魔にならないように4メートルほど離れて同じく腰を下ろしている。この先、場合によっては数時間待ちに入る。ブッパは近くの尾根を盛んに見上げている。尾根筋に出るべきか考えているようだ。確かにそのほうが視界は開ける。しかしそれは同時に熊の視界にも入ることになるのだ。何かを確認するためにブッパはトランシーバーを慎重にクリックした。そして勢子が意外に近くまで来ていることを知った。ここで待つしかない。一切、動けない状態である。ブッパは一段と神経を集中して前の山を見る。このときブッパには熊の姿が浮かんでいるのである。数カ所の熊道を想定し、その中でも一番撃ちにくい場所に最も意識を向けている。そしてじっと時を待つのだ。

 一方、猟をしないカメラマンは特にすることもなくぼーっと前を向いているだけである。ここで熊が獲れたら持って帰るのは大変だろうとか、今くしゃみをしたら洒落にならないよな、などと考えているとちらりと動くものが視界の端に入った。そちらを見ると谷の上流部にある滝の上に黒い影がある。そして、それがひょいと伸びて熊の姿になった。

 私はブッパを見たが、ブッパは熊に気づいていない。想定範囲外からの出現だったのだ。困った。