山中で生活を送る「マタギ」たちの集落へは、10日に一度の割合で八百屋、乾物屋、お菓子屋といった移動市場が訪れる。それでも、基本的な食事は山の神様からの授かりもの。つまり、キノコや山菜、果物、川魚、そして山に棲むウサギや熊などの動物たちを食することが一般的だ。

 ここでは長年にわたってマタギたちに取材を重ねてきたフリーカメラマン田中康弘氏の著書『完本 マタギ 矛盾なき労働と食文化』(山と溪谷社)の一部を抜粋し、マタギの弘二さん、土田さんによる熊狩りの様子を紹介。同行した田中氏が目にしたものとは……。(全2回の2回目/前編を読む)

※本稿にはショッキングな写真がございます。ご注意下さい。

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獲物は遠くて見えない黒い点

 弘二さんの家に前泊させてもらい今回の猟場である比立内川の最上流部を目指す。郡境の尾根沿いに走る林道は数日前まで工事中で通行止めだったらしく、所々に拡幅の跡がある。ジムニーでゆっくりと周りを見ながら登っていく。頂上部に近づくにつれ、気温は下がり雪が道を覆ってくる。彼方に見える景色も寒々としていて本格的な冬の到来も近い。頂上部で古くからの猟仲間である土田さんと落ち合う。久々に会った土田さんは少し痩せた気がする。

鉛色の空は冬の到来を告げる。厳しい冬がもうそこまで来ているのだ。斜面を下りると名もなき沢が流れていた。最上流部に位置する清流は汚れを知らない 写真=筆者提供
熊の居場所に近づき最後の打ち合わせをする。ここから先はすべて各自で判断しなければならない 写真=筆者提供

「おっ、うれしいな。そう見える? 7キロくらい痩せたかな。これも熊のためだべしゃ」

 山に入るためにコンディションを整えてくるとは流石である。そういえば弘二さんも5年ほど膝の調子が悪くて本格的な熊猟には入っていないという。体調不十分で山に入ることは禁物なのだ。寝不足、腰痛、虚弱体質の私なぞが熊猟に行くなど中高年の神風登山より無謀かもしれない。落ち合ったふたりのマタギは双眼鏡を手に稜線上にある林道から反対側の山を静かに見つめる。かなり距離がある。あちらに行くのか? そこまで行って戻ってくる体力には自信がない。

 風はないがかなり冷え込んでいて体が小刻みに震える。しかしマタギたちは軽装で平気な顔で立っている。

「あれ、熊でねか?」

「どさ?」

 熊の姿が見える? 遠く離れた反対側の山の斜面に見えるなんて信じられない。