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アイデンティティが失われていく

 この17日間に関しては、お酒が主役のバーや居酒屋、お酒と料理が切り離せないバルやオステリアなどは、「店を開けてもお客は来ないだろう」「うちの料理はお酒とセットでなければ」と休業する店が目立った。

 一方では、期間限定で業態変更を試みた店もある。ワインスタンドがコーヒースタンドに、ビアバーが定食屋に、オーセンティックバーがノンアルコールバーに。レストランでは、近年注目のノンアルコールカクテルや中国茶をオンリストしていた店も多かったが、ノンアルコールペアリングをさらに強化した。

 切実なはずなのに、思わずワクワクしてしまうような試みからはこんな気持が伝わってくる。

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「どうせなら楽しく、前向きに。こんなときに来てくれるお客さんに、喜んでもらえることを考えよう」

 しかし店主たちがそう切り替えられたのは、ゴールデン・ウィークの感染拡大を防ぐための短期集中だったからだ。ここさえ乗り切ればいいはずだった。ところがゴールデン・ウィークが明けると、相変わらず科学的な検証もないまま、時短も禁酒も5月末までの延長が決定された。

©️iStock.com

 最初はノンアルコールを面白がってくれたお客が、引いていく。要請解除を予想して予約を入れていた人たちのキャンセルラッシュも浴びて、「予約が取れない店」といわれたレストランにも予約ゼロの日が訪れた。

 フランス料理やイタリア料理のレストランでワインを、居酒屋で日本酒を、バーでカクテルを失ったらどうなるか。売上激減もさることながら、最も深刻な問題は、店主たち自身のアイデンティティが失われるということだ。

そして再延長の6月にダムは決壊

 かくして5月12日以降、お酒を提供する店はじわじわと増え始め、そして再延長の6月にダムは決壊したのである。

 要請にことごとく応えてきた人々は、今回「NO」を言うことにどれだけ葛藤したことだろう。アイデンティティのためだけじゃない。それだけが理由なら、こんなに多くは動かなかったかもしれない。

 シェフや店主たちは、常にこう語っている。

「飲食店は、お客さんはもとより生産者、醸造家、流通業者、地元の人たちに支えられて成り立っている」

 飲食店が止まれば、周りにあるすべてが止まる。そのうえで今、社会における自分の役割は何か? 業界全体のためにできることは? そういった目線を持って絞り出した答えには、彼らなりの正義がある。

 それは胸が痛くなるほどの、退路を断った決意表明だった。