食と酒にまつわる「ひと」と「時代」をテーマに取材を重ねてきた井川直子さん。井川さんは2020年の第一波のさなか、緊急事態宣言を受けて過酷な判断を迫られるシェフや店主たちの声を集め『シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく三十四人の記録』(文藝春秋)にまとめた。あれから1年。シェフたちはどのような思いを抱いているのだろうか。(全2回の1回目。2回目を読む)
6月から堰を切った「営業再開」
ついにダムが決壊した、と感じた。
飲食店の現場にも、SNS上にも、とめどなく溢れ出る「6月からお酒を提供します」「通常営業を再開します」の言葉。シェフや店主たちの宣言は、しかし晴れ晴れとしたものでは決してない。
ニュースなどでは、「ルール破り、ごめんなさい」と世間へ手を合わせるように通常営業を再開する店主や、逆に「お酒が飲めます」とアピールして密を生んでしまった店などが連日報道されている。だが、私が実際目にする飲食店の場合、そういった「困窮」や「背徳」のニュアンスでもちょっとない。
たしかに経済的にも精神的にも限界線上にあるが、そんな状況においても「利他」の目線を持ち、自身の正義に従った「自立」を選択した、という印象だ。
「医療崩壊をさせないために、ずっと我慢してきました。政治家の飲み会の報道が出ても、病院が逼迫しているなら堪えようと。だけど今回の緊急事態宣言は、オリンピックのためではないのか? だったらもう、我慢する理由がない」
「“飲食店”“お酒”とひと括りにせず、科学的根拠に基づいたガイドラインを設け、認めた上で規制を緩和してほしい。僕は正々堂々と、レストランがしたい」
「感染予防対策の努力を尽くしたうえで、お店を開けながら日本の第一次産業を守っていくのも飲食店の役割だと考えました」
「お店もだけど、お客さまも我慢の限界。レストランの、本来の仕事ってなんなのか? ただお腹を満たすためだけの場所じゃない、心も体も元気になってもらいたい。だから、動きます」
言いたいことをすべて吞みこみ酒瓶の蓋を閉めた4月25日
遡れば飲食業界は、昨年の第一波からずっと辛抱し、書き入れ時にことごとく発出される要請にも応じてきた。2020年の1年間をまともに営業できなかったうえ、東京都では昨年11月28日からの時間短縮営業が、もう6カ月も続いている。
そこへきての、「お酒の提供は終日禁止」だった。
“令和の禁酒法”とも呼ばれたこの要請には、飲食業界のみならず、世間の人々も度肝を抜かれたのではないだろうか。
お酒によって人が集まる、会話が多くなる、声は大きくなる。それはわかるが、じゃあ1人静かに飲むオーセンティックバーや、隣のテーブルと2メートルも離れているグランメゾンでは?
「お店ごとの環境、感染防止対策状況を抜きにして、一律にお酒を禁止するのは非科学的。そうではなく科学的なガイドラインを作って、段階的に承認していく政策を要望します」
そんなふうに飲食業界から続々と上がった声は、署名しても陳情しても行政には届かず、4月25日~5月11日の禁酒法は実行されることになった。店主たちは、首相や都知事の「集中して」「今が正念場」というお決まりのフレーズを今回も信じることにして、言いたいことをすべて吞みこみ酒瓶の蓋を閉めた。
医療現場のため、感染者を減らすため、早く通常の日々を取り戻すために。