食と酒にまつわる「ひと」と「時代」をテーマに取材を重ねてきた井川直子さん。井川さんは2020年の第一波のさなか、緊急事態宣言を受けて過酷な判断を迫られるシェフや店主たちの声を集め『シェフたちのコロナ禍 道なき道をゆく三十四人の記録』(文藝春秋)にまとめた。あれから1年。シェフたちはどのような思いを抱いているのだろうか。(全2回の2回目。1回目を読む)
第一波の「崩壊と恐怖」
「コロナ禍になって、禁酒の今が一番厳しい」
3回目の緊急事態宣言が再延長になってから、飲食店の現場ではそんな声をよく聞く。経済的にも、精神的にも、店主たちは疲れ切っていた。
2020年4月から数えれば、1年の3分の2は時短営業のうえに席数も絞っている。家賃支援は最初の緊急事態宣言のときしか出ていない。頼みの協力金は支給まで数カ月かかるといわれ、第一、「事業規模に応じた額」が自分の店の場合いくらになるのか店主たちにもわからない。これで赤字にならなければ奇跡である。
ワインを出せないレストランのシェフ、お酒を出せない酒場の店主は、テイクアウトや定食を作りながらこう考えるのだ。
「自分がやりたかったこととは、なんだったのか」
料理人とは、「やりたいこと」がはっきりとわかっている人たちである。自分がおいしいと思う料理で人を喜ばせたい。彼らにとって最も大事なそのアイデンティティが人生から削られ、倒産という言葉と常に隣り合わせにあった1年間の蓄積疲労は計り知れない。
彼らはずっと苦しかった。
ただ、この1年の間にその質は変化しているようにも思う。2021年の店主たちは感染症の知識も蓄え、ワクチン接種のスケジュールも見えてきて、十分ではなくても協力金や支援はある。
現在の苦しみが「疲弊」だとすれば、2020年春の苦しみは、それまでのあたりまえが崩れ落ちる「崩壊と恐怖」だった。
喉元過ぎれば、熱さを忘れる。
私たちはすでにゴミを出しに行くにもマスクをつけ、宅配便は玄関先に置いてもらい、アルコール消毒の手荒れにも慣れたけれど、思い出してみてほしい。毎朝ニュースを見るたびに得体の知れない恐怖が膨らみ、現実になり、まるでパニック映画の中にいるようだった第一波の、あの時期を。